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プロマネへの道

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第14回 川島 信幸さん

2008年2月 1日

川島 信幸さん(5) 株式会社豊通シスコム

若手が育つ環境をどう確保するか

能登原
いま、「社内でアーキテクトをどう育てようか」という話があるのでしょうか。
川島
というか、人材育成は非常に悩ましい問題ですよね。若手を育てるのに適当なプロジェクトがないのです。
能登原
さきほどのお話の、MC-NETからカフェテリアプランを立ち上げるプロジェ … » 続きを読む

2008年1月18日

川島 信幸さん(4) 株式会社豊通シスコム

より魅力的で楽しい仕事かどうかで道を選ぶ

能登原
それだけのものが、「もう、これ止めようか」といわれていた状態から生まれたとは思えないですね(笑)。
川島
本当にそうなんですよ。MC-NETという端末は、都内に数箇所しか入っていなくて、あまり使われていなかったんです。
能登原
MC-NETはもとも … » 続きを読む

2008年1月 7日

川島 信幸さん(3) 株式会社豊通シスコム

ピンチから生まれたカフェテリアシステムへの挑戦

川島
MC-NET(福利厚生サービス)が発展して、「福利厚生のカフェテリアプランをやろう」ということになったのです。
能登原
福利厚生のカフェテリアプランとはどういったサービスでしょうか?
川島
企業が、福利厚生すべての面倒を見るのではなく、メニュー … » 続きを読む

2007年12月14日

川島 信幸さん(2) 株式会社豊通シスコム

コンピュータは自分でいじるものだった

能登原
あのころは楽しかったです。
川島
楽しかったですね。PC98が出たころで、PC98でMS-DOS使ってました。
能登原
今のパソコンは中身に触れないですよね。
川島
はい。当時のパソコンは、自分でいじれるものでしたね。「マイ・コンピュータ」ですから(笑 … » 続きを読む

2007年11月22日

川島 信幸さん(1) 株式会社豊通シスコム

早熟コンピュータ少年の実践キャリアはアセンブラから

川島
僕の経歴はちょっと特殊なので、あまり参考にならないのではないかと思うのですが……
能登原
いや、ぜひお聞きしたいです。川島さんとコンピュータとの出会いは、いつ頃でしたか。
川島
高校のときTK-80をいじったり、コンピュータ雑誌にマシン語が … » 続きを読む

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