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2005年5月13日

島本 栄光さん(3)
KDDI株式会社 情報システム本部 システム企画部
管理グループ 課長 

島本 栄光さん島本 栄光さん
KDDI株式会社 情報システム本部 システム企画部
管理グループ 課長 
1988年DDI(現KDDI)に入社。一貫して情報システムに携わる。2001年10月のKDDI社合併においては、システム統合に関する事務局として各種調整にあたった。現在は情報システム本部の人材育成・教育研修を担当。
著書に「情報処理教科書 システムアナリスト」(翔泳社)、「上級シスアド合格への道」(編著:同友社)、「風雲!シスアドの現場」(編著:秀和システム)がある。
上級システムアドミニストレータ連絡会 副会長

ユーザー企業の「システム企画」という仕事の中身

島本栄光さん

能登原
そのプロジェクトが一段落して、今度はシステム企画部に異動されたのですね。

島本
ええ、いわゆる要件定義を取りまとめる作業です。ただ、システム企画と言っても、いわゆるシステム開発における最上流工程の部分ですよ。

能登原
今、当社もいろいろなお客さまとお付き合いさせていただいていますが、みなさん徐々に経営や企画に力を入れてきています。そこで構想してある程度の要件範囲を決める。最近は大手メーカーでも上流にシステム部門のパワーを投入するようになっていますね。

島本
そうですね。そのような部分により力を入れていこう、人材もそういう人を積極的に育てるという意識は当社でもあります。ある特定の技術のスペシャリストも確かに必要ではあるんですけれども、そんなに数はいらないでしょうし、逆に外部の専門家でもできることだと思うんです。それよりも自社のビジネスをわかっていて、一方でITもある程度わかる。経営とITの両方がわかる人材が、やはりユーザー企業のシステム部門としても必要なのです。

能登原
その頃は、そういう上流の企画とか戦略も立てていらしたんですか。

島本
戦略についても意識しながらやっていたとは思いますが、自ら年度の方針とか戦略を立てるという立場ではなかったです。

ただ、その年にどういう開発案件があって優先順位をどうつけていくかとか、年度内に使えるお金が大体これくらいだから、案件全部をやると溢れてしまうのでどういう風にやろうかとか、そういう調整はやっていました。そういった作業をやりながらそれぞれの個々の案件の要件定義書を作って、開発部隊と調整しながら実現していくわけです。今から7年くらい前のことですね。

能登原
普通の企業なら、もうちょっと年齢が高くならないとやれないことを、けっこう若いうちからおやりになっていたんですね。

島本
そうかもしれません。でも、実際にそこの中で活躍していたメンバーはさらに若い連中でした。企画や要件定義の作業に向いた人というのは、年齢に関係なしにそういった仕事ができるのではないかと思います。

能登原
通信システムの動向は、5年計画とか、中期の計画を立てられることもあるのでしょうが、一方ではそういう見通しでフィットしない部分も多くあるんじゃないかと思います。私の知る限りでも、政策の変更なども結構ありましたよね。

島本
ええ、そうなんです。一応3年や5年の中期計画はある程度立てますが、情勢の変化に応じてどんどん変わります。情報システム部門の計画も当然立てているんですけども、毎年中期計画を見直していきます。

それでも私は中期計画を立てないとまずいと思っています。「見えないから立てない」というのは、やはりまずいですね。というのは、ある程度「足の長い」対応も出てくるわけです。特に情報システムの基盤を上手く構築しようということになれば、1年や2年かかってしまうこともあります。そういうものはきちんと中期計画的に見ていかなければいけないだろうし、それによって投資、あるいは償却も含めたコストを見ないと、本当の意味での情報化投資はわからないはずなんですよ。ですから通信システムは確かにスピードが速いし変化が激しいんですが、きちんと投資効果を見るのであれば、中期計画的な見方は外せないんじゃないかなと思います。

能登原
その変化の激しい中で、やはり島本さんたちシステム企画部が一番意識して取り組まれたのが中期計画ということになるのでしょうか。

島本
これは部門の中で取り組んだというよりも、私が個人的にそう思っていたことだったのかもしれません。ただ結果的に現在そのように回っていますから、私の当時の考えもそんなに間違っていないのかな、と感じています。

資格試験への挑戦を通じて自分の立ち位置を確立

能登原
今までお聞きしてきたご経験の中で、おそらく島本さんご自身が会社に貢献するためにはどのような方法が良いのか、いろいろ考えられたことと思います。仕事の流れの中で、ご自分の仕事の仕方はこれなんだ、とつかまれた特別なきっかけや転機というのはおありですか?

島本
特別なきっかけですか。そう言えるのかどうかわかりませんが、最初にお話したように、入社時に情報システムに配属されて「なぜ情報システムなんだろう」と思ったことがひとつのきっかけと言えるかもしれません。その時に、「何でだ?」と思っているだけではしようがないので、「せっかく仕事をしながらそういう場にいられるのであれば、何か自分の身になるようなものを習得したい」と思ったんです。そこで周囲を見回したら、情報処理技術者試験というのがあるぞ(笑)と。で、いろいろ本を読んだりして、「直接仕事に役立つかどうかは置いておいても、きっと勉強になるんだろうな」と思って少し勉強を始めたんですね。

チャレンジしてやろうということで、早速受験をしてみたんですけども、見事に不合格でした。この話をすると「お前アホやな」「二種も落ちたのか」って、よく言われます(笑)。なぜ落ちたのかというと、プログラムの考え方が全然できなかったんだと思うんですね。もっと言えば、プログラミングに対しての苦手意識があったんで、これは何度受けても同じ失敗を暫く繰り返すだろうなと思ったんです。

能登原
失敗の原因をきちんと自己分析したのですね。

島本
さらに、情報処理技術者試験をいろいろ調べていくと、「システム監査」が一番自分に合っているんじゃないかと考えたんです。回りからは「それもちょっと変わっている」と言われたんですが(笑)。

自分でも、当時なぜそう考えたのかはわからないんですけども。そのカリキュラムとか、自分が当時運用管理をやっていたというのもあったんでしょうね。そして「今度はシステム監査を受けたいな」と思ったんですけど、当時は受験資格に「4月1日時点で27歳以上」という年齢制限があって、受けることが出来なかったんです。そこで他に何かないかと探したら、「特種情報処理技術者」、今で言うアプリケーションエンジニアは25歳以上なら受験できることがわかりました。しかも、記述と論述式の試験問題がシステム監査と同じような出題スタイルだったので、「じゃあ来年システム監査を受けるための練習として、特種を受けてみよう」と思って、記述式の問題集を買って読んでみたんです。そうしたら、これが実に面白いんですよ。事例が面白いし、事例を解くのがまた面白くて…。

能登原
島本さんにはそれが合っていたんですね。

島本
ええ、こちらは一発で受かりました。

能登原
それは素晴らしい。

島本
この、特種に合格したことで、気持ちの持ち方が変わってきたんです、間違いなく。情報システム部門の仕事をやる上で協力会社の方とも話をする機会が多いんですけど、なんか「負けないぞ」という感じが出てきました。なんだか、自信みたいなものができたのかもしれない。それが転機と言えば転機でしょうか。

能登原
それは、配属が決まった時の合点の行かなさをずっと抱えていたのが、その試験に通ったことで、組織の中でのご自分のアイデンティティというか位置付けが、すっと納得できたような感じなのでしょうか。

島本
そうかもしれないですね。最初の「何で?」という違和感は多分永遠にそのままなのでしょうが、とりあえずそれは置いておいて、今やっている仕事と自分に育ってきているスキルと、組織の中の自分の立ち位置の不自然さが無くなってきたのではないかという気がしたのは確かです。それが26歳か27歳の時でした。

能登原
情報処理技術者試験も特種になると、やはり論述的だから面白いです。実務に近くなってきた感覚がありますよね。

島本
特種の問題は私も解くのが楽しかったです。

能登原
仕事で実践して、「こういうことが起きる」ということがある程度おわかりになってきているでしょうし、今なら問題も作れますよね。

島本
でも現実には、記述式問題に書かれていることよりも、はるかにびっくりすることが起こりますよね。問題に書くとあまりに突飛すぎて「こんなの普通ありえないよ」と思うようなことが実際に起こったりするんです。

能登原
「現実は記述式問題よりも奇なり」というところでしょうか。
ところで島本さんは情報処理技術者試験の教科書も執筆されていますが、どういったいきさつで執筆されることになったのですか?

島本
特種に合格して、情報処理技術者試験の他の区分でもいろいろチャレンジをしてみようかと思い始めました。ちょうど、そのタイミングで制度が大きく変わって、試験区分も増えました。システムアナリストとかプロジェクトマネジャとか、私が最初に目標にしようとしたシステム監査と試験のスタイルは一緒でしたので、同じような勉強パターンで過去の出題傾向等も参考にしながら学習することで、比較的スムーズに取得することができたんですよ。

その過程で、会社とは別の仲間ができました。当時はパソコン通信のニフティのフォーラムなどに、資格を取得したメンバーの集まりのようなものがあり、合格者のお祝いオフ会もあったので、「これは社外の人たちと交流し勉強できる場になるんじゃないかな」と思って参加し始めたんですね。会社が終わったあと、夜に飲み会に行くとか、土曜日に勉強会に集まるとか、そんな感じです。

能登原
なるほど。同好の士が集まっていたと。

島本
たまたまそこに参加していた人から、「実はこういう本を書こうと思っていて、一緒に書ける人を探しているんだけどどうですか」という話がありました。自分でもどの程度書けるかわからなかったんですけど、興味があったので「執筆はやったことがないんですけど、それでもいいですか?」ということで参加させてもらいました。会社の名前と本名で参加していいかどうかは、当時の上司を経由し人事部長に確認して、一応OKをもらいました。もちろん、この執筆のお仕事は会社の仕事とは直接繋がりはないのですから。

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