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2005年6月24日

依田 智夫さん(1)
株式会社シナジー研究所 代表取締役

依田 智夫さん依田 智夫さん
株式会社シナジー研究所 代表取締役
1978年、慶応義塾大学大学院管理工学専攻修士課程修了。同年東洋エンジニアリングに入社。自動車産業を中心に、オブジェクト技術に関するコンサルティングやシステムインテグレーションを担当。1997年、株式会社シナジー研究所を設立、代表取締役コンサルタント、e-ビジネス分野におけるビジネス分析、オブジェクト分析設計、フレームワーク設計、開発プロジェクト管理などに従事。一貫して、モデルによるソフトウェア開発生産性の向上を追求してきた。 2002年、ビジネス系MDAツールの草分けである独IOソフトウェア社「ArcStyler」の販売とコンサルティングを開始。2003年4月、東洋エンジニアリング株式会社 上席ITコンサルタントに就任。物流センター管理、金融系など、大規模オブジェクトシステムの開発プロジェクトに参画している。『Javaオブジェクト設計』、『実践UML』(いずれもピアソン・エデュケーション刊)など訳書多数。

親に反発しながら理系の道を歩み始める

依田智夫さん

能登原
めぐり巡って今回は依田さんにインタビューさせていただくことになりましたので、以前から気になっていたことをぜひお聞きしたいと思うのですが。

依田
はい、どうぞ(笑)。今日はもう、何でも聞いてください。

能登原
プロフィールを拝見すると、慶応義塾大学の大学院で管理工学をご専攻されていた。この管理工学というのがまずユニークですよね。

依田
困ったな。管理工学について説明できなきゃいけないじゃないですか(笑)。

能登原
そして就職のときにエンジニアリング会社に入られた。エンジアリング会社にもIT系の部門があって、依田さんはそちらに進まれたわけですが、そこであえてITを選ばれたのは、何かきっかけがあったんでしょうか。

依田
それは…いきなり難しい質問ですね(ちょっと考え込む)。
それでは、管理工学の前に、そもそもなぜ私が理系を選んだのかというところからお話しましょうか。

能登原
ええ、お願いします。

依田
基本的にはやっぱり科学技術的なものが好きだったんですが、親への反発もありました。私が高校生で、進路をどうしようか考えている頃に、親父が「文系に行け」と言ったんですよ。

能登原
それは、どうしてなんでしょう。

依田
そのころ親父は割と羽振りがよくてね、「どこでも俺が入れてやるから、文系に行け。そうすると出世するぞ」みたいなことを言われたんです。いわゆる「ゼネラリストを目指して出世街道に乗れ」ということだったんでしょうね。それにカチンときまして。「じゃあ、行かねえ」って(笑)。

能登原
お父様がイメージしていた文系ゼネラリストとは、どういうものだったのでしょうか。

依田
大学は経済学部に行って、銀行に就職、つまり金融ですね。

能登原
1990年代のバブル崩壊までは金融が元気でしたからね。

依田
だから親父としては、子どもに良かれと思ったことを真剣にアドバイスしていたと思うんですよ。自分が子供を持った今はそう思います。だけど全然親父の意見は聞かなかったですね。

それだけじゃなくて、勘のようなものも働いたんです。大学を卒業して就職しますよね。就職が上手くいかなかったり、あるいは就職してから後悔することがあるとしたら、文系に進んだ場合のほうがきっとすごく後悔するだろうという予感のようなものが、何となくあったんです。理系だったら多分後悔が少ないであろうと。今考えてみると、「やっぱり手に職」みたいな気持ちもあったのかな。

能登原
高校時代の依田さんは、数学や物理が好きだったんですか?

依田
教科自体がそんなに好きだったという印象はないんですが、小・中学校の時に工作したりエンジン回したりというのは、やっぱり好きでしたね。

能登原
将来後悔が少ない方、という基準で選ぶのは正しいかもしれませんね。

依田
やっぱり、ここまで生きてみて、今のところ理系を選んだことについて後悔はないですね。まあ他の後悔はいろいろあるんですけど(笑)。

能登原
一口に理系と言っても広いですよ。

依田
だから受けたのが出鱈目なんですよ。

能登原
出鱈目と言いますと?

依田
普通、例えば、電気だったらどこの大学も電気、電気、電気って同じ学科を受けるでしょ。建築だったら、建築学科ばっかりをね。あの頃だったら国立一期校、二期校それぞれ一校ずつと早慶を受けて、それ以外の私大も受けて…など、パターンがあるじゃないですか。それがもう出鱈目なわけです。どの学科に絞ろうかとか考えていないから。ああ、ここはカッコよさそうだ、などと雰囲気で選んでいました。

その頃万国博覧会があって建築家がカッコよく思えたんです。で、建築受けてみたり。でもデッサンとか何にもやってないから見事に落ちるわけですよ。

能登原
理系だったらとりあえず受けてみたわけですね。

依田
結局、慶応の工学部(現在は理工学部)に入ったんですが、大学に選ばれたようなものですね。あそこは入学時点では学科を選ばなくていいんです。1、2年は基礎だから語学だけを選んで、専攻を選ぶのは3年からでした。今は就職活動などの関係で2年生から決めなくてはならなくなったみたいですが。
だから今にして思えば、何も決めていない私と慶応の工学部は相性がよかったんでしょうね。

能登原
慶応のその制度はいいですね。高校生くらいでは、自分がどこに適性があるかわからないですから。

依田
実は3年で決めるときもなかなか決まらなくて悩んだんですが…結局計測工学を選びました。計測というのは要は測定ですから、物理の派生系みたいなところがあるんです。計測工学の中にはその純粋な計測の部分と、もうひとつ制御工学っていうコントロールセオリーの部分があって、私はその制御の方に魅かれたんです。私は昔から機械とか化学よりも概念的なものが好きだったんですね。

学部でシステム理論好きが芽吹き、大学院でハイブリッドに

依田智夫さん

依田
結局その後大学院の時に管理工学に行くんですけど、3年になる時に何で管理を選ばなかったかというと、管理には会計もありますからあまり工学らしい感じがしなかったんだと思います。せっかく理系、工学と来たんだから、という気持ちがあったんです。

能登原
なるほど。

依田
制御というのは、やっぱりシステムなんですよ。システム理論。私はシステム理論が好きなんですね。

能登原
PID制御とか、そういうのですよね。

依田
そうそう。その制御の中にも、今おっしゃったPID制御とシステム制御の2つがあります。システム制御は線形計画法だとか連立方程式で制約を作って最適化問題を解くという抽象度の高いものです。

まず計測工学の中にそういう物理的計測と制御があり、制御の中にPID、要はプラントの制御みたいなものとシステム制御があるという構造です。
結局、その一番抽象度の高い、システム制御の志水清孝先生の研究室に4年生の時に入りました。

能登原
そこではどういうことを学ばれたんですか?

依田
数学ばかりやるところで、ゲーム理論の数値計算法などをやっていました。研究室に入ると何か選ばされて、そちらに押し出されるみたいなところがあるじゃないですか。まあ、そんな感じなんですけど。
先日その先生の退官記念パーティがあったんですが、慶応を代表するような恐い先生なんですよ。みんなずっとその話でしたね。

能登原
そうなんですか。

依田
工学部なのに特に実験設備が何もない研究室なんです。だから教育手段は輪講って言って、本を買ってみんなで読むっていう、それしかないわけです。

能登原
ええ、輪講ってやりましたよね。

依田
これがもうメチャクチャおっかなくって。質問されたとき、学生だからよくわからないわけですよ。でも今まで試験を通ってきたノリがあるから、何かわかったようなふうに言ってしまう。そこにはまったら、もう、えらいことになる。目の前で先生の持っている鉛筆が折れるんです。ポキっと。で、そのあとチョークが飛んでくる。

例えば、これは輪講じゃないですが、PID制御でバルブの開閉率の問題を解いた時に、85%が最適の開閉率だと解が出たとします。最適化問題の研究室だから、85が最適じゃなきゃいけないわけですが、「なんで85なんだ」と、徹底的に追及が来る。そこで「まあ85じゃないかなと思いまして」などと言ったらもう最後です。もうボロボロにされてしまう。まず1時間は許さない。

能登原
それは怖いですね。

依田
それなのに、そこで「でも90じゃやりすぎだし、はたまた70でもいけないだろう」みたいなことを言うヤツがいるわけ。

能登原
理屈が通ってないと、先生の怒りが…

依田
「ばかもん!」っていう話ですよ。そういうわけで、本当に「涙ちょちょ切れる」研究室でした。
だけど、そのお陰というのか・・・今でもプロジェクト管理のときに、私は結構追及します。人前で追及するわけではないですが、こだわって追及していくというところは、この研究室で植え付けられたんじゃないかという気はするんですね。

能登原
でもエンジニアリングにはそれが必要な部分がありますよ。残念ながら、進行の詰めが甘くて納期が遅れ、困った事態になるケースはよくあります。

依田
ありますよね。特に最近の若者たち、と言ってはもうおっさんの証拠かも知れないけど、「何でここを聞き逃せるの」っていうところを聞き逃している。

能登原
みんな「いや、来週取り戻せますから」って言うんですが、取り戻せない(笑)。

依田
取り戻せないんですよ。遅れがどんどん積み上がるのがわかっているから、こだわって追求しちゃうんです。それはあのおっかない先生のところで刷り込まれたというか刻み込まれましたね。

能登原
で、大学院で管理工学に。

依田
卒業の時に大学院に行こうというのは決めていたんですが、試験に落ちてしまったんです。でもやっぱり進学したかった。で、一応研究生として残ったわけです。一方で、私はハイブリッドというか、ものをかけ合わせるのが好きなので、もう少しいろいろなものを見てみたくてキョロキョロしていると、管理工学科というところで計量経済学をやっていた。工学部なのに会計もあれば経済学もあるんですよ。

能登原
面白いですよね。それに慶応らしい。

依田
面白いでしょ。その計量経済学の先生が森敬先生といって森ビル株式会社社長の長男で、ちょっと親父が奥様の知り合いだったこともあって遊びに行ったら、「ああいいよ、おいで」と言われ、研究生として管理工学科に移籍しました。

能登原
森ビルは、その方のお父様も経済学者でしたね。

依田
そう、経済学者です。息子の森先生も経済学者なんです。残念ながらもう亡くなられましたが。
管理工学科に移籍してから試験を受けたら、学科で1番か2番でした。それなりの成績で入って、大学院は割と成績よかったんです。

能登原
先生との相性もあったんでしょうね、きっと。

依田
計量経済学でやるマクロ経済の連立方程式があるんです。それもシステムの一種ですよね。さっき言ったように私はかけ合わせ的なことが好きなので、経済というシステムに制御理論を使うとどうなるかと思ったのですが、一種の最適経済政策みたいな話になるわけです。マクロ経済のシステムを最適化問題として見ないと「こういう政策をとったらこういう経済成長をする」という経済予測になるわけですけど。

能登原
ああ、そうですね。

依田
それを最適化問題に定式化し直すと、「こういう経済成長をするにはこういう政策を出しなさい」という全く逆の話になって、こっちが面白いじゃないかと思いました。計量経済学の研究室だから、そういう方程式の研究をしている人はいっぱいいるんですね。だから式をもらって、こちらは評価関数というか、要は「国民が幸せになるには、物価はあんまり上がっちゃ困るし、失業率はあまり高くては困る」というような望ましい経済の評価式を作ってコンピュータに入れると、「こういう政策にしなさい」というのが出てくるんですよ。

森先生は経済システムを最適化問題で解くということには、あまり興味がなかったというか、考えてはおられなかったみたいで、私が提案して「解けます」と言ったらとても興味を持って下さって、いろいろ応援していただきました。学会の発表も応援してくれるし、英語の論文にして発表したり、いろいろ協力していただいて。だから学部と大学院でまさに様変わりというか、全然違う学生時代でしたね。

能登原
それじゃ、そのまま学者への道というルートもあった。

依田
あったかも知れないけれど、結局あまり興味がなかったんでしょうね。何でもバランスをとる方なんです。大学院では学問的にやったので、そのあとはちょっと社会に出なくちゃ、という気持ちになった。

能登原
経済システムの最適化で政治家のブレーンになるといったことは考えなかったですか?

依田
割とストレートに考えるタイプなので。そもそも、そういうシンクタンクがあって政治家と繋がるとかっていう知識がない(笑)。

能登原
マインドはあくまで理系ということなんですね。

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