プロジェクトマネジメント、プロジェクト管理におけるポータルサイト

HOME > プロマネへの道 > 宮本 文宏さん(3) 日本ユニシス株式会社

2007年10月11日

宮本 文宏さん(3)
日本ユニシス株式会社 人材育成部 HR変革コンピテンスセンター チーフ・スペシャリスト

宮本 文宏さん宮本 文宏(みやもと ふみひろ)さん
日本ユニシス株式会社
人材育成部 HR変革コンピテンスセンター チーフ・スペシャリスト
1989年3月 岡山大学文学部哲学科卒業 同年4月 日本ユニシス株式会社入社。UNIXによる開発を多数手がける。
2000年からP2/M等、上流工程からのITコンサルティングに従事。
2002年からソリューション開発領域システム構築PMとしてプロジェクトを担当。
2006年から人材育成部に。

辛かった経験を活かしてPMの人材育成に転身

能登原
そうすると10何年かけて、上流から一通りやられたということですね。

宮本
いや、やっていないところもありますよ。導入して最初の半年は、保守や渉外対応という形でお客様と話すことはありますが、本当の意味のサービスといいますか、実際に運用を回していくところはやっていないですね。でも実際にはそこが一番使う部分であり、付加価値を生み出していける部分です。アウトソーシングに注目が集まったことがありましたね。

能登原
そうですね。一時期流行りました。御社もアウトソーシングは受けられたのですか。

宮本
ええ、今でもやっています。

能登原
積極的に運用保守部分を取ろうとされたのでしょうか。

宮本
そうですね。アウトソーシングして付加価値を出そうという視点です。でも私は、全体の開発のプロセスでいくと、保守フェーズと言うか、サービスプロセスはあまり経験がないことになります。

能登原
運用保守をずっとやっている人がいて、一方でずっと開発をやっている人がいるというふうに、どうしても二つに分かれてしまいます。なかなかこの間の人的交流は難しいですよね。

宮本
本当は、全体を見てやっていかないといけないのでしょうけど。

能登原
日本は運用保守のプロセスがITILになっていますけど、あのモデルの全体像を見ると、もう全部入っています。要するに「ITサービス」という見方ですから、開発はその一部です。あのモデルを見ると運用もあるし、上流のニーズを取り出すところからずっと体系を描いてみると、開発は全体の一部なのだなと思います。

宮本
開発をしたあと、いかにそこから価値を見出して動かしていくのかということですね。開発はゴールではなく、プロセスの一つだから、そこを全体の中でどう捉えていくのかを考える。

能登原
ITサービスを提供して、お客様に何らかの効果が出ればいいわけですからね。

宮本
ええ、そうです。

能登原
最近までは、ずっとコンサル的なところをやられていたのですか。

宮本
そうでもなくて、コンサル的なことをやっているうちに、開発のほうで一年半ぐらいの大規模プロジェクトが立ち上がり、メンバーが必要だということになって開発に戻ったのです。自分がやりたかったこととはちょっと違っていたのですけど、そのプロジェクトをPMとして回して行くことになりました。そのタイミングではまだ、PMBOKは追いかけていなかったのですが、P2Mは頭に入っていたので、そのあたりからようやく、意識的にWBSを使おうという話になりました。

能登原
なるほど。それは相当大きい規模のプロジェクトだったのですか。

宮本
そうですね。1年半がかりで金融系の債権管理システムをつくって回そうということでした。しかもそれはお客様の業務政策と非常に密接に結びついていて、具体的に言うとセンターを立ち上げて、そこに人も全部集中化してやろうということです。「これには社運をかけているんだ」と、非常にプレッシャーをかけられました(笑)。そういうプロジェクトのPMをやるのは、なかなか辛いものだなと思いましたね。

能登原
それは辛いと思いますね。何人ぐらいが同時に動く感じだったのでしょうか。

宮本
60名ぐらいでしょうか。協力会社さんの先まで見ると、一時はもっと大勢いたのかもしれませんけれど。多すぎて、顔も全部は分からない状態になっていました。

能登原
御社の中で60名としても、お客様とかも含めるともっと多いのでしょうね。

宮本
そうですね。お客様のほうのプロジェクトマネジャとプロジェクトの関連メンバーも何名もいらっしゃいましたから。

能登原
それでは、足すとおそらく100人以上ですね。そういう大きなプロジェクトは結構プレッシャーですよね。

宮本
プレッシャーでしたね。なかなか夜眠れないこともありましたし。やはりプレッシャーがかかるものだなと(笑)。でも、そこで開き直りも大切だというふうにも思いました。

能登原
そうですね。あまり昨日のことでくよくよしても仕方ないところはありますよ。

宮本
そういう切り替えはPMにとって重要なのかもしれないですね。

能登原
そのプロジェクトは無事成功したのですね。

宮本
ええ、何とか本番にこぎ着けました。それが終わった後は、事例をもとに他社へ展開していきたいということで、セールスサポートに入ったりしていました。そのうちに、まったく別分野ですが、やってほしい案件があると急遽名古屋に呼ばれました。それも1年半ぐらいで、その前のプロジェクト以上に巨大なプロジェクトでした。それが一段落したところで、こちらに戻ってくることになりました。

能登原
名古屋は単身赴任ですか。

宮本
ええ。その経験も活かして、今度は人の育成をやってみたいなと思いました。人材育成はスタッフ職ですから、ずっとプロジェクトが継続していると、そういった全然違う部署や違う体系のほうに移動することは稀です。ちょうどシステムも一段落して、名古屋から東京に戻ろうとしていたタイミングだったので、ここは心機一転、全然違った分野でやってみようと。育成という観点でもう少しPMにこだわってみたいと思ったのです。今までは自分がPMをやったり、サブPMをやっていたのですけど、もう少し広い視点で次世代のPMの育成を考えていきたいと思って、今の人材育成部に行きました。

能登原
自分でご希望されたのですね。それが昨年の5月ですか。

宮本
そうです。ちょうど名古屋から戻ったときでしたね。

能登原
今までのお話聞いていると、ご自分のやりたいところを希望されて主体的にやられていますね。

宮本
その時々で見るとタイミングが良かったのでしょうね。自分で「こういうことをやりたい」と上司に話したり、アピールしておく。短期で見るとうまくいかないケースもありますが、1年2年のスパンで見ると、わりとそれに近い仕事がきたりします。

能登原
この対談は若い人に、プロフェッショナルの先輩PMがどうやって成長したかというのを見てほしいのですよ。今日お話を聞いていると、ステップ・バイ・ステップでいろいろなことをやられていますね。

宮本
振り返るとそうなのかもしれませんが、その時々には、やはり「嫌だな」とか、「この仕事は何でしなければならないのだろう」と思うこともありました。それでもその時々に全力投球するのが大切なのだなと、今は思います。

能登原
渦中にいるときは、やはり思い通りにならないことも…

宮本
ありますよね。お互い人間同士でやっていることですから、相性のよくない方と一緒にやったりとか、どうしてもうまくいかない条件の中で考えなければならなかったりとか、結構ありますからね。「なぜこんなにできないんだろう」とか思うこともありました。 その時々では悩んだりしましたね。 ただ今やっている仕事は少なくともしっかりやろうと。投げ出すことはなかったと思います。

能登原
要するに、約束したことはやりきろうということですよね。

宮本
そうですね。たとえ「ポジションがちょっと納得いかない」とか、「本当は、自分はもうちょっと違うことをやりたいのに」と思っても、それでも、「お客様がいるんだ」と考えるとやる気になります。やはりお客様がいたから、がんばれた部分があるのでしょうね。

能登原
お客様の側も予算を取ってやっているプロジェクトだから、ある意味必死ですよね。全力でつくりたいし、いいものにしたいという気持ちはありますよ。

宮本
ええ。

能登原
それに応えようということですか。

宮本
そうですね。

シンプルなようで実は難しいプロジェクトマネジメント

宮本
アーキテクトをやっている人とPMは何が違うのだろうとか思ったりするのですけれど。PMは、考えてみるとあまり大層なことはやってないのですよね。

能登原
そうなんですよ。

宮本
QCDを守ればいいなんて偉そうなこと言っている割りには大したスキルがなくて、PMBOKやP2Mで言っている技術も、そんなに取り立ててすごく複雑なこと言っているわけではない(笑)。

能登原
当たり前と言えば当たり前のことなのですよね(笑)。

宮本
せいぜいアーンドバリューで進捗状況を数値化するとか、スケジュール立てるときにはこうやってパスを引いてとか、アーキテクトのような広い発想でグランドデザインをしていく力はいらなくて、非常に地道な作業です。ただ、何か「約束事はしっかり守りましょう」というこだわりがある。技術に対するこだわり以上に、約束したことに対するこだわりが、PMには必要なような気がしますね。コミットしたことについては、少なくとも守りましょうとか。

能登原
そうですね。私が書いた『プロジェクトマネジメント現場マニュアル』は、元々日経SYSTEMSで連載していたのですね。で、溜まった原稿を本にすることになったのですよ。そのときに、「PMはどういう人なのか」というコラムを加筆しないといけなくなりました。 そのとき考えたのですけど、さっきおっしゃったように、プロジェクトの目標に対してコミットメントして、それを守りきる力というのが大事なのです。そうすると結局は、リーダーシップを持って、みんなの意識をそこに向けて行かないといけない。だからやはりリーダーシップも大切だなと思いました。

宮本
そうですね。目的を示して。

能登原
やらせるという力というか。押すのか、引っ張っていくのかは分かりませんけれど。 弊社が営業に行くとみんな、「これでよく仕事になるね」(笑)と言われます。プロジェクトマネジメント支援という仕事は、昔はなかったのですよ。新しい流儀の仕事としては、アーキテクトのほうがはっきりしているから、売りやすいわけです。

宮本
形になりますから、分かりやすいですね。

能登原
「彼はアーキテクトのスペシャリスト」というと、単価もちゃんと伴います。ところが「プロマネでやります」というと「何やるの?」と言われてしまう(笑)。いろいろご説明するのですが、なんとなく売りづらいのです。そこの価値を分かっていただけるお客様でないと、なかなか雇っていただけない。 でも、当たり前のことがなかなか皆さんできていないのですね。

宮本
能登原さんがコンサルに入ると、どういうことをするのですか。プロジェクトを分析して、コミュニケーションや雰囲気などを見て、それに対して「じゃあこうしましょう」とコンサルタントされるのでしょうか。

能登原
そうですね。私はまず「見える化をしましょう」というとこからやっているのです。要するに、プロジェクト内部の情報をすべて包み隠さずにオープンにする。そこをまず整える。整えて一番上のほうの人たちにも全部それを伝えるようにする。それがオープンになるとモチベーションがみんな上がるのです。そこが見えない、つまり「誰かが何か勝手にやっている」という状況になっていると、モチベーションが下がるのです。

宮本
確かに。

能登原
だからあまり難しいこと言わずに、最初は「見える化をしましょう」ということで、会議の進捗状況でも正確に言おうとか、納品物も最初から定義してきちんとしようとか、要するに「分かるようにする」というところから最近はやっているのです。簡単なことなのですけど、なかなかそこができないのですよ。

宮本
ああ、そうですよね。

能登原
そういうのができてから、「今度は品質管理」とか、一つずつ進むというのが最近は多いですね。

宮本
なるほど。確かに人が多くなってくると、そのあたりの見える化というのは非常に難しいですよね。 私の経験でも、最初2、3人でパッケージの開発をやっていたころだと、全てお互いに共有できているわけですよね。目的も分かっているし、ターゲットもここで、お互いこうやってというのが分かるし、気心も知れてくるという世界なのですけど、だんだんプロジェクトの規模が大きくなって60人、70人規模になってくると、伝達にかかるコストが増えてきます。共有化することだけでも非常にコストがかかるし、うまくできないケースが多いですよ。やはり人が多くなると、お互いに声すらかけたことないような人がどんどん増えてきていますから。

能登原
規模が大きいと、そうでしょうね。

宮本
最近そういった複雑で大規模なプロジェクトは増えてきています。そこにチャレンジしていかないと、プロジェクトの成功もないし、会社の成長もないですし。

能登原
そうですね。私はとりあえず、見える化という基本的なとこからやっています。

宮本
本当に大切ですけど、難しいですね。

(次回に続く)

構成:萩谷美也子

↑ このページの先頭へ