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2008年2月 1日

川島 信幸さん(5)
株式会社豊通シスコム GIT事業本部 企画総括室

川島 信幸さん川島 信幸(かわしま のぶゆき)さん
株式会社豊通シスコム
GIT事業本部 企画総括室
ソフトハウス、NEC販売特約店でアセンブラやOSのEDITION、ボードの開発を経験後
1997年 豊通テレコム(現豊通シスコム)入社、福利厚生サービス開発後
2002年に現在の部署(GIT事業本部)へ異動、PM品質向上活動に従事
2007年10月より企画総括室のメンバーとして、人材育成、品質向上活動等を担当

若手が育つ環境をどう確保するか

川島信幸さん

能登原
いま、「社内でアーキテクトをどう育てようか」という話があるのでしょうか。

川島
というか、人材育成は非常に悩ましい問題ですよね。若手を育てるのに適当なプロジェクトがないのです。

能登原
さきほどのお話の、MC-NETからカフェテリアプランを立ち上げるプロジェクトみたいなものがあるとよいのでしょうね。

川島
はい、そういった一から立ち上げるプロジェクトであれば、人を育てやすいです。さらに自分がコントロールできるプロジェクトに預けてくれれば、若手を育てることもできるのに、と思ってはいるのですが。
実際、カフェテリアプランをやったときは、一人育てることができました。新卒で入って来た人間でしたが、ユーザーからも「彼はすごく成長したね」と言われるくらいになりましたね。いまもその部で中核として頑張っていると思います。最初から立ち上げるプロジェクトがあれば、そういうかたちで育ってくれるはずなのですが、保守業務主体とか、あまりにも大きい仕組みの中の一員になると、どうやって育てればよいのだろうかと……。

能登原
分かります。悩ましい問題ですね、それは。

川島
はい。それに、シスコムのGIT事業本部というのは、情報子会社です。情報子会社という位置づけから見て、何をコアにして人を育てていったらいいのかという問題もあります。ITの技術だけ追っかけていっても、情報子会社としては不十分ですよね。

能登原
その通りです。例えば、親会社の全般的なIT統制が弱ければ、それも支援しないといけないだろうし、親会社のインフラ部分も面倒をみないといけないとか、いろいろな機能が要求されます。運用保守はメインでやらないといけませんし。開発にも関わらなければならない。

川島
保守運用だけやっていた人間がいきなり開発プロジェクトをできるかというと、難しいものがあります。若年層だと特に。

能登原
経験してないと、何をやっていいのか分からないといった部分があるかもしれませんね。

川島
指導がちゃんとできる人間が上についていればいいのですが、ホスト主体の会社だったので、「今までオープン系はあまりやったことないんだよね」という人もいます。だれが責任持って育てるのかという部分が、うちの会社では非常に脆弱なところですね。

能登原
難しいですね。でもそこは、川島さんに期待が寄せられていると思いますよ。

川島
はい。それもあったので今回「インドに行って来い」という話になったのだと思います。インドはすごく刺激になりました。

能登原
ご感想はいかがでしたか。

川島
私も3ヶ月、4ヶ月くらいインドに行かせてくれないかなと(笑)。

能登原
私もそう思いましたよ。英語の勉強にもなるし。

川島
はい。あの環境にいたら英語もしゃべれるようになりますよね。

能登原
周りがみんな英語ですしね。行った方たちは皆さん、TOEICの点数が、行く前よりも100点、200点ぐらい上がっているらしいです。それに、たくましくなりますね。

川島
そうでしょうね。

能登原
川島さんはすぐ現地に適応されそうですね。

川島
私もすぐ馴染んでいるような気がします。今までの経歴もそうなのですが、自分でやったことがない事をやりたいと思ってしまいます。だから逆に、ルーチンワークは嫌いなんですよ。

能登原
インドの視察に行っていただいたわけですが、何か次にこれをやろうと思われていることは?

川島
今は若者を、あのようなインド研修に行かせるしか鍛える場がないのではないでしょうか。もしくは、もう少しこぢんまりして、自分で設計から製造までできるようところで育てる。そうしないと、育たないんじゃないかという気はしています。

能登原
何となく分かります。小さくても大きくても、基本は一緒ですものね。小さいところで全部を経験して、やり方が分かれば、大きいものにも適用できますから。
しかしそれをやらずに、いきなり大きいシステムの一部しかやらないということでは、若い人をどうやって育てるかというのは難しいですよね。

川島
そうですね。たとえ小さいものでも、ユーザーとちゃんと話ができないと、仕様も固まらないし、成果物もできないですよね。そういう経験をしないとだめだと思います。それも誰かの後ろに付いてではなくて、自分が責任者として前に出ないとだめですね。そういう経験が今どこでできるのかなと考えると、なかなか無いのが現状です。

能登原
そうですね、確かに。

安易な安定志向ではなく仕事への執念を

川島信幸さん

川島
ですから、そういう経験をしてきた中途を採るということになりますが、弊社は人数が多くなっているので、基準を上げようと採用規定も厳しくなっています。今、私が受けても採用されないかもしれないくらいに(笑)。
それに、中途採用を受ける人たちを見ていて思うことですが、今のソフトハウスに、昔のようにいろいろな仕事を経験した叩き上げの人が本当にいるのかというと、そうとも言えないのではないでしょうか。ソフトハウスの環境も変わったのではないかと思います。

能登原
今は基本的なところをやらなくてよくなりましたものね。

川島
だからプロジェクトに時間だけ割いて参加して、言われたことをやっていればそれでよしとなっているのかな、と思います。
昔は職人肌的な人が多くて、僕もそうだったのですが、ソフト開発で食っていこうと思ったので、如何にそのための手段を手に入れていくのかというのをずっと考えてきました。でも、そういう考えをしている人は、今はあまりいないようですね。

能登原
私の場合は、先輩が良かったのです。現場経験豊富な上司で、ものづくりにすごくこだわる人でした。とにかくソフトウェア作りにものすごい執念を燃やす方で、僕は1年くらいその上司の下に付いていたのですが、大変な時期になると、食事もしないのですよ。そのくらい集中して、設計もガンガンやるし、ものづくりもやるし、テストもガンガンやる。本気でやるわけです。そういう人に付くと「ああ、これぐらいやるものなんだな」と思いますよ。その上司に付いたのが、今思えば良かったです。だから新入社員で若い人が入って来たときに、厳しい上司で、例えば部分的にでも「設計も自分でやってみろ」と言ってガンガン鍛えるとか、厳しさが必要だと思っています。

川島
でも、その厳しさに耐えてくれる人間がいないですよね。

能登原
厳しくやると辞めたりしてね。

川島
そうなんですよ。あるいは、体調が悪くなってしまったり。

能登原
川島さんが言うように、アセンブラとかドライバを作るのは難しいから、忍耐力もいるし根性もいりますよね。人よりももっと良いものつくろうと思うと、厳しい状況にも耐えられるけれど、同じようなことを今やれと言ったら、できずに投げ出す人間が多いでしょうね。

川島
そうですね。特にどうやって作ったらいいか誰もレクチャーしてくれないようなものは、確かにそう思うかもしれないですね。

能登原
あのころは雑誌がいっぱい出ていて、あれをみんな買い込んで勉強して作っていましたね。

川島
それでも分からないことは「実験くん!」と言って実験していましたよ(笑)。これをやると、どんな結果がでるのかと。

能登原
ああ、やっていました。僕も「アセンブラは、あそこに全部書いてある」(笑)とモトローラのマイクロコンピュータ68000のマニュアルをバイブルにして、試行錯誤で何かを見つける感じでコーディングしてました。

川島
作っているときは辛いときもあって、発狂しそうになるときもありますが、終わったら「良かったな」と。

能登原
動くと嬉しいですよね。アセンブラで作ったときに動くと、本当に嬉しいですよ。
今それをやれとは言わないですが。勉強でやってもいいかもしれないけど(笑)。

川島
そうですよね。結局、若い人たちに自分で考えるという経験を、どうやって埋め込んだらいいのかということなのだと思います、でも、「答えは何ですか?」と聞く人間が、最近多すぎますね。

能登原
僕はそのあたりをショートカット世代と呼んでいます。彼らは結果を求め過ぎます。一気に収入や職位まで求める。実力を示したら当然上がるのだから、それを待てばいいのにと思うのですが、そういうところまでショートカットになっていますね。

川島
うちの会社もいますよ。中途採用の面接のとき「うちの会社に何を求めて来ましたか?」と聞くと、「規模が大きいから」と答える人が(笑)。「結局あなたが求めているのは安定ですか?」と感じますね。

能登原
いますね、そういう人。

川島
人数が多くなって、安定志向の人間ばかりいると会社は潰れます。でも、会社が潰れるという危機感を持っている人はあまりいないですね。
ある程度の規模になってしまうと余計そうなのでしょうけれど。僕は小さな会社をいろいろ動いたので、「仕事がなくなったら潰れるよ」というのは実感としてよく分かっています。

能登原
それは、すばらしいですよ。私も実はアイ・ティ・イノベーションに2000年に入ったとき、まだ社員が少なくて、営業しないと給料がないかもしれないという状態を2年ぐらい、弊社社長の林を中心としてやっていました。あれは苦しいですよね。

川島
そうですね。でもITIさんは売りになるものをお持ちじゃないですか。

能登原
いや、私が入ったときはModusというPM標準もまだありませんでした。あれは私が入社1年目に作ったんですよ。なぜそれを作ったかと言うと、あるお客さんから「大きいプロジェクトをやるのでPM標準が必要だ」と言われて、半年ぐらいかけて基礎を作りました。それを元にして拡張していきましたね。

川島
なるほど、そういうことですか。

能登原
もともと林はジェームス・マーチン社で開発方法論は売っていたのです。でも独立して会社を作った以上、人の会社のものは使えません。とにかく何でも仕事を取って毎月毎月食いつながないといけない苦しい時代の中で、たまたまPM標準作成の依頼が来て、今のModusの初期バージョンができたということです(笑)。そのとき作ったのはまだ薄いもので、今度はそれを元に少しずつバージョンアップしていきました。
だから川島さんと同じで、本当にベンチャーです。社員10人以内でやっているときは大変でした。

川島
いろんなことやらないといけないですからね。面接官はしなければならない、人が来たら対応しなければならない。本業と違うところで、やらなければいけないことはたくさんあります。

能登原
そう、今もそれはやっていますけれど(笑)。

川島
人を増やすときには面接しないといけないし。下手に働かない人を入れてしまうと、人が少ないだけに、すごく大変なことになりますよね。一人働かないインパクトが大きいでしょう(笑)

能登原
おっしゃる通りです。でも、うちは新入社員採用時に、スキル診断をやっています。過去の事例から、どの診断結果の人だと弊社に合っていないかということがわかっているので、そういう人は採用しないことにしています(笑)。

川島
なるほど。蓄積されたノウハウがあるのですね。

新しいものを生み出したいという心を持ち続ける

川島信幸さん

能登原
それでは、いつも最後に聞いている質問です。プロジェクトマネジメントで何が一番大事だとお考えでしょうか。

川島
やはり人を育てていくことが大事なのかなと思っています。最近よくTPS(Toyota Production System:トヨタ生産方式)の概念が出てくるのですが、TPSの概念は、表向きはジャストインタイムや自動化など、無駄・無理・ムラをなくそうという話なのですが、根底にあるのは人間尊重です。人を大切に、人を育てていくのがベースだと私は理解しています。だからトヨタグループの豊田通商の下の情報子会社である限りは、TPSを支えている概念をみんなに基礎として持ってもらって、その上で情報子会社としての機能、開発能力や技術力を発揮できるようにしていけたらいいと思います。そこが理想なので、そこに行くためには何をしていくべきかというのを、これからやっていかないといけないのですが。

能登原
そうですね。まさにおっしゃる通りですね。TPSの概念を身に付けるために、今どういったことをされていますか。

川島
GIT事業本部に企画総括室ができましたので、その活動のひとつとして考えて行きたいと思っています。

能登原
これからですね。
今日は非常にいいお話を伺いました。川島さんは非常にベンチャー精神がある方だと改めてよく分かりました。

川島
転職が多かった影響が大きい気がします。

能登原
僕も会社を変わるときに、「転社はしているけれど転職はしていない」と思ったのです。

川島
ああ、なるほど。そうですね。

能登原
だから川島さんは、ITの業界でずっとやっていらして、より面白い仕事へと動いていますが、職としては変わってなくて、一本筋が通っています。最初の会社に入ったときの思いをずっと貫かれているのだと、私は思います。

川島
そうですね。最近ではちょっと職種が変わってきてしまいましたが。

能登原
ええ。経験や年齢に応じて、だんだん役割は変化します。
でも、今日は改めてベンチャー精神で新しいものを生み出すことが非常に重要だということ思いました。やはりそれは大切ですよね。

川島
そうですね。結局、いつも「個人経営者」でいないといけないのだと思います。会社の枠はあくまで枠であって、それを大きくするのも小さくするのも、そこに所属している人たちの意気込みだけなのです。

能登原
本当にそう思います。どこに所属しようが、新しいものを生み出したいという気持ちがあれば、関係ないかもしれないですね。

川島
ただ、その気持ちを支える枠というのはあるので、一人だけで何のバックボーンもないところで、自分の理想とするところへ行こうとしても無理がありますね。ビル・ゲイツはそういうことをやっていますけれど。それは非常に難易度が高いですから、難易度がもっと低いところから始めるという手もあるのかなと思います。

能登原
でも、ビル・ゲイツだって最初は二人くらいから始めましたからね。

川島
そうだ! インドで開発するとか、向こうにソフト会社を作ったら、絶対面白いですよ(笑)。

能登原
新しいものが作れそうですね。そのお話は、またゆっくりさせていただきましょう(笑)。
今日はお忙しいところありがとうございました。

(終わり)

構成:萩谷美也子

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