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2008年12月19日

鈴木 君男さん(3)
新日鉱ホールディングス株式会社 企画・管理グループ(IT担当) シニアマネージャー

鈴木 君男さん鈴木 君男(すずき きみお)さん
新日鉱ホールディングス株式会社
企画・管理グループ(IT担当)
シニアマネージャー
1982年筑波大学第3学群情報学類卒。同年、日本鉱業入社。本社及び工場にて販売管理システム、生産管理システム等の開発、保守・運用に従事。1991年米国コーネル大学にてME(Master of Engineering)を修得。1995年よりコンビニエンス・ストア本部にて流通関連システムの企画とプロジェクト管理、2002年よりセントラル・コンピュータ・サービス(株)にて新日鉱グループのシステム開発を担当。2008年より新日鉱ホールディングス(株)企画・管理グループ(IT担当)としてグループのITガバナンスの整備を推進中。

グループの情報子会社に異動

鈴木 君男さん

鈴木
2002年4月から、グループの情報子会社であるセントラル・コンピュータ・サービス(株)(CCS)に異動になりました。

能登原
そのときには、まだ新日鉱ホールディングスはなかったのですか。

鈴木
「新日鉱ホールディングスを作ります」という発表があったのは、私がコンビニ本部にいた最後のころです。持ち株会社化して、実際にできたのは、2002年の9月ですね。

能登原
新日鉱ホールディングスができた時に、CCSの位置づけも少し変わったのでしょうか。

鈴木
ええ。新日鉱ホールディングスの設立にともない、より明確に、独立事業会社として位置づけられたのです。

能登原
プロフィットセンターだったのですね。

鈴木
独立事業会社として、会社の経営基盤の充実を含め、利益をしっかり追求していくということでした。私自身も、コンビニ本部での経験を、今度は「システムを商売にする会社の中で生かしていこう」ということでCCSに異動になりました。
ただ、システム開発の現場からはしばらく離れていたので、当時の社長の配慮もあって、「まずはよく分かっているグループのシステムを担当して、その後に、外向けの仕事をやっていこう」という指示を受けていました。しかし結果としては、グループのシステムの仕事を6年やりました。

能登原
グループの仕事というのは、主にどういう事業を担当されたのでしょうか。

鈴木
CCSの開発担当部署の責任者として、石油、金属の両方のシステム構築を担当しました。

能登原
鈴木さんはそれまで、ユーザ企業のシステム部門、ベンチャーの情報システム部門と担当されてきたわけですが、この時にまた、会社の中での立場と視点が変わりましたよね。それによって、ご自身の中で何か変化はありましたか。

鈴木
一つは、CCSはシステム構築をして収益を上げるという会社ですから、プロジェクト管理やプロジェクトそのものについても、売り上げ、コスト、生産性も含めて利益率などの会社の収益に直接関係する要因の重要性を考えるようになったことです。
もう一つは、企業内の情報システム部では、部員の労務費は間接コストとしてかかりますが、今度はソフト会社ですから社員の労務費は直接コストとなってきます。30名ぐらいの部下がいる中で、どれだけ売り上げにつながる仕事をみんながやるのかということを考えなければなりません。まずはしっかり仕事を取って来ること、そして長期的な仕事などを含めて、やはり社員の有効活用ということは非常に意識しました。

能登原
利益を考えると、社内リソースの稼働率を上げていくことが大事ですよね。

鈴木
ええ、そういうところがこれまでと比べて非常に違ってきましたね。ユーザ企業の立場と、メーカー、ベンダーの立場の違いによって、管理することや考え方を変えないといけないということです。

能登原
確かにそうでしょうね。

鈴木
ですから、ものづくりの部分の仕事だけではなく、それ以外の管理的な仕事も増えました。

能登原
そういう仕事のほうが多いかもしれません。部下が30人いたら、それぞれの人に合わせたマネジメントも必要です。仕事をさせながら育てないといけないし、個々人の置かれている状況や不満も常に聞かないといけない。マネジャとして大変ですよね。
人の育成という面で、何かこの当時に心がけていたことはありますか。

鈴木
制度としては目標管理など、会社の中でもようやく人材育成のための制度ができてきていたのですが、実際にはその通りになかなかいきませんでした。人材育成のための時間が取れないというのが一番のネックになります。
ユーザ企業であれば「セミナーを受講してきなさい」とか「こういう研修をやりなさい」と、わりと自分たちの都合で教育ができますが、お客さんを持って、稼ぐプロジェクトにメンバーを入れていますから、そういう人たちにどういうタイミングで勉強してもらうかが大変でした。長期的に見ても、勉強したことを活かす仕事が本当にあるのか考えつつ、研修と仕事にうまい具合に接点を持たせる形で仕事のアサインをしたいとは思っていたのですが、なかなかできなかったですね。毎年、人材育成の個人別レビューをやっているのですが、「今年もこれがあったがために、何も勉強できず」(笑)とかね。

能登原
それは世の中のみなさんが共通して抱えている悩みでしょうね。

鈴木
稼がなければいけないというプレッシャーがありますから、そこをうまく調整して勉強の機会を与えるというのが難しいですね。

能登原
そうですね。ある程度余裕もないといけませんし。弊社も、プロジェクトマネジメントのコンサル会社なので、プロジェクトマネジメント・プロフェッショナル(PMP)という資格をみんなで取得しようとしています。「計画的にPMPを取ろう!」と目標管理の面談で繰り返し話しているのですが、なかなか取れないのが実情です。それと一緒ですね。

受注側のプロジェクト管理の難しさを経験

鈴木 君男さん

能登原
いつも対談のときに皆さんお聞きしているのですが、システム開発のプロジェクトマネジメントでは、どういうところが一番のポイントというか、何が大事だと考えてやられていますか。

鈴木
一番大事なのは、プロジェクトの立ち上げ、計画のところです。あとは、そこでどれだけリスクを減じられるのかということですね。私はやはり、プロジェクトは計画の段階で、どんなメンバーでこのプロジェクトを進めていくのかという人選、メンバー編成が一番大事だと思っています。それは当然、対お客さまの体制も含めてですが。

能登原
そうですね。

鈴木
本来、部長クラスの役割としては、プロジェクトマネジメントの実践はできる人たち(PM)に任せておけば、あとは「もう、ここを聞いてチェックするだけ」で済むはずです。そういう人材がたくさんいれば、それにこしたことはないのですが、なかなかそうはいかない現実があります。
また、一時期はグループの仕事だけでも年間数十億という開発がありました。そうすると、どうしても限られたメンバーでやらざるを得ません。少々経験が足りないけれど、今のメンバーの中ではこの人が一番適任ではないかというメンバーをプロジェクトマネジャにアサインしますから、仕事を任せて人を育てるには、ちょうどいい機会ではあります。しかし、なかなかフォローしきれず、あるところまで進んでから「大変です」という声を聞いて、リカバリーをしていかなければならなくなったこともありました。

能登原
組織のマネジャになると、一つのプロジェクトではなく複数を見ることになります。自分たちの戦力、兵隊は限られているので、まずその兵隊の割り振りが難しいです。今お話にあったように、リスクテイクしないといけない分、マネジメントも難しいですね。そのときにはどういう考えで対応されていましたか。

鈴木
リスクのありそうなところには、私自身も含めて、他のプロジェクトよりもサポートするメンバーを厚くしていくということがひとつ。それから、立ち上げの段階で、お客さんとの間でリスクを回避する進め方を詰めておきます。さすがに「まだ経験がちょっと足りない者を、今回はプロジェクトマネジャにしているので不安です」とは言えないですから(笑)。

能登原
大っぴらには言えないですからね(笑)。そういうところが難しいですよね。
それは、システムの仕事にかかわらず、全ての仕事で同じです。

鈴木
当然ユーザ側にもプロジェクトマネジャがいますが、ユーザ側なら、ある程度自分たちの事情で優先順位も付けてやっていけます。やはり同時にやらないといけないのだけれど、少しでもずらせることができるとか。ただ、注文を受ける立場になるとそれはできないのですよ。「じゃあいいよ。ほかに頼むから」と言われてしまう。

能登原
発注する立場と受ける立場はだいぶ難しさが違いますよね。

鈴木
そうですね。

自社の利益か、グループへの貢献かというジレンマ

鈴木 君男さん

能登原
ここでは6年間やられたわけですが、CCSでのご経験を通してどのようなことをお考えになられましたか。

鈴木
最初の2002年から2005年ぐらいまでは、グループの中の独立事業会社、つまりプロフィットセンターとして、しっかりした収益を上げていくにはどうすればよいのかを考えていました。そうすると、ソフト会社としては、人材も含めて、ある分野では非常にいいけれど、競争力のない分野もあるようだということがわかりました。各部の部長クラスも含めて、CCSをこれからどうしていくのかを真剣に考え、その先の進むべき道を歩み始めたところは、非常に勉強になりましたね。
ただ、なかなか考えた通りには行かなくて、その道は険しいという判断が途中から入りました。ですから、その時点で「もう上場は諦めます」と社員にもちゃんと発表しました。言葉を換えれば、「上場しない。でも独立事業会社として、プロフィットセンターとして頑張れよ」ということは、グループの中の位置づけとして、プロフィットセンターとしてあまり期待されていないということが、何となく明らかになったということです。
そういう状況でも、会社としてはしっかり存続していかないといけないということになると、私自身を含めて、グループの仕事であっても、より利益重視の仕事の仕方に傾いていく感じがありました。
CCSに行ってからもシステム構築のプロジェクトをいくつも経験してきまして、その中には失敗のプロジェクトもあり、成功したものもあります。実は、ユーザとシステム会社とでは、何をもって失敗と定義するかも違ってきます。「システムはいいものができたけれど、大幅赤字でした」となると会社としては大変です。ユーザ側からみると「よく頑張ってくれて、いいものができた」ということでいいのですけれどね…。

能登原
それはやはり失敗ですよ。

鈴木
もう一つ、「利益は出たけれど、システムがうまく使われてない」というケースがありますね。それはシステム会社から見ると成功なのですよ。成功と言っていいかどうかは問題かもしれませんが。

能登原
一応、利益を上げるという目的は果たしていますよね。

鈴木
そうなのです。でも本当は、それはグループ会社の仕事ですから、グループとしてどんな価値を生み出しているのかというと、「何にも生み出していないじゃないか」という観点でも見なければいけないという側面もありますよね。

能登原
自社の利益とグループとしての価値に引き裂かれるところが出てくるのですね。

鈴木
例えば、グループ内企業からシステム構築が来たとしましょう。要件を聞けば、CCSにいるメンバーのほうが「この事業のこの仕組みだったら、こういうことをやればもっといいんじゃないか」というのが分かるので、そういう提案をします。でも、ユーザのある事業部が、「こういう要件で予算1億円取ったから、頼むね」と依頼してきたら、「そんなにお金をかけて、そこまでやらなくても、こういうやりかたならもっと安く済む方法がある」とか、「それだけかけるんだったら、いっそこの範囲までやったほうがいいんじゃないか」と、なかなか言いにくくなってくるのですよ。

能登原
なるほど。自社の利益を考えればそうなります。

鈴木
本当は機能子会社的な立場なら、利益はなくても、とにかくグループの事業のためになるためのことをやっていけばいいはずです。私は根っこのところで「CCSでもグループの仕事をやる部分は、利益は赤字にならない程度でいいよ」というようにしたかったのですが、経営トップの立場になるとなかなかそういうわけにもいきません。外部からの受注で儲かっていればそれでもよいのですが、それが可能な環境ではなくなっている。そうなると、「グループの仕事も、そんな低い利益率でやってもらっちゃ困る」ということになってしまいます。

(次回に続く)

構成:萩谷美也子

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