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2006年12月 1日

【林衛の業界探求シリーズ】第三回 複雑化する時代に必要なコンピテンシー(人間力)とは

矢澤篤志さん

矢澤篤志氏プロフィール
最終学歴 中央大学 商学部
1981(昭和56)年 4月 カシオ計算機入社
2003(平成15)年 4月 業務開発部長
2006(平成18)年 6月 執行役員 業務開発部長

複雑化する時代に必要なコンピテンシー(人間力)とは

矢澤篤志さん


2000年に入ってから感じていることなのですが、ユーザー部門の改革を実現する場合、ITを活用するケースは多いですよね。そういう時に、誰かが答えを持っているのかというと、誰も持っていないわけです。

矢澤
ええ、持っていないです。


これから先の時代は、解決策への選択肢が多様になって、システムも業務も複雑になってきています。求められる人材はどう変化するのかを考えなければならないでしょう。コンピテンシーの中で私が特に必要と感じているのは、構想力や企画力です。もちろんマネジメント力は重要なのですが、よい発想、構想、企画がなければプロジェクトはそもそも上手くいかないわけです。それに先立って、よい構想、企画の基になるような抽象化、具象化の能力が必要ですね。

矢澤
そのとおりです。


抽象化能力というのは頭の良さと関係しています。対象とする業務の本質や外部の関連を見て、全体をぱっとつかむような発想力。本質を掴む能力が必要になります。しかしコンピテンシーをどうやって身につけてもらえばよいのか。我々もそういうものを一生懸命提供しようとしているのですが、試行錯誤の途中です。矢澤さんはそれに関して何か手を打たれているのですか。

矢澤
まさに今、林さんがおっしゃったように、企画力というところは非常に重要で、IT部門が見えていない物を形にして外に出していかなければいけないことを私も痛感していたのです。
私がたまたま物流を担当したときに物流企画部門への配属を命じられたんですが、それまでの仕事では、企画そのものは担当していなかったのです。その時の上司がマーケティングをやっていた方で、マーケティングの考え方や企画の考え方を日夜特訓されました。そのおかげで私は相手に本質を伝える為の企画のイロハは、その時に叩き込まれたのです。
それからは、徹底的に部下にアウトプットさせては「こうじゃない!」と直していきました。それまでIT部門の資料というのは、ワープロでダーッと字だけを書いてきたり、あるいはエクセルで作ったやたら細かいフローを使って説明していました。


目に浮かびますね(笑)

矢澤
そういう状態だったのを「とにかくパワーポイントを使って分かりやすく作れ。」(笑)と指導しました。「それで、本当に伝えたい部分はどこなんだ?」と、とにかくユーザーにはわかりやすく、経営者向けにもわかりやすく書いて出させることを徹底的にやっていましたね。


散漫なことを多く書かせないということですね。

矢澤
ええ、書かせないです(笑)。


この際、読者に誤解のないように説明したいと思います。「企画とは、何も書けないよりは、たくさん文字を書くほうが偉いんですよ。」と言うことは間違いです。矢澤さんがおっしゃっているのは、それを一言でまとめ、ズバッと本質を突く形、相手に直感的に伝わる形にしろということです。このことはものすごく大切なことです。それができるようになると考え方もシステムもシンプルになりますね。

矢澤
ええ。「とにかく企画を書け。」というと20ページも30ページも、延々と書いてくるものもいました。確かに一生懸命資料を作っていますが、ユーザーに見せてもぜんぜん分からない。だから「3~5ページにまとめ、あとは補足資料でシンプルに表せ」というのは徹底的に言ってきました。


全く正しいですね。

経営者に対する説明をきちんと果たす。

林衛

矢澤
経営者に対してのアプローチも全く同じです。そのときには私は部門長になり、上司は、社長です。社長直属の組織ですが、当時の私の職能は部長ですから、決裁金額が非常に低い。何かというと社長のところに判断を仰ぎに行かなくてはいけない。実はそれまでERPやSCMプロジェクトをやっていましたが、目に見える形での効果が出てなかったんですね。特に2002年の3月期には上場以来の赤字決算になりました。運悪くその時期にちょうど私も部門長になったわけですよ(笑)。ですから社長からは「君達は、金ばかり使って、何も効果が出てないじゃないか!」と、そればっかり何度も何度も言われるわけです。これはいかんと思いました。


それは、大変。(笑)。

矢澤
それまでの社長との審議は半年に1、2回で、形だけのようなものでしたが、もっと経営側がわかるように情報システム部門がコミットして話をしていかなきゃいけないと痛切に感じたのです。それからは、社長の所に足しげく通い、自分の考えを提案しては、それに対する意見をいただけるようになりました。
その会話の中から自分なりに社長の持つ課題認識を想定し、「情報システムを2年後にこのようにする」というコミットメントを出しました。システムの事は、経営者には伝わりづらいところがありますから、シンプルでわかりやすくしたんです。まずは情報処理コスト、これは目標が明確になりますよね。次に、ビジネスに与えるインパクトの部分、「ITを投入する事によって、ビジネスにどういうインパクトがあるのか」出来る限りわかりやすく説明しました。それから改革には人が鍵になりますから、「人材の改革をこうしていきます」というのがもうひとつのポイントでした。これらをできるだけ数字も入れながら説明していきました。
そういうコミットをした後から社長の反応はちょっと変わってきました。「もしこういうことができるのであれば、非常にシステム部門の価値というものはある。これを2年後までに必ず実現してくれ」というような会話の流れになってきたんです。


私も弱小企業ではありますが社長なので、社長のお気持ちも多少はわかります。社長がもっとも喜ぶ部下の姿というのは「コミットする部下」なんですよ。特に、社長自身が見えてない、どうやればいいのかもわかっていない時期に、部下のほうから「これをやります」とコミットするのが一番ありがたいです。見えてきてから「できます」というのは当たり前の話ですが、見えていないときにあえてコミットするのは勇気が必要ですよね。

矢澤
ただ、ERP、SCMの導入においても、その当時効果は出てなかったのですが、かつては私自身ユーザー部門にいましたから、「ここの部分に手を打てば、効果が出るだろう」というのは理解できていました。


あたりがついていたということですね。

矢澤
ええ、そこはある程度、自分で約束できるだろうということがわかっていたのです。業務開発部というのはIT部門ですが、別に開発、運用を担う情報子会社がありました。企画の部分と実行の部分で別れていて、世の中にはありがちなのですが、情報子会社は外販に走っていきました。結局、子会社のコア・コンピタンスを考えた時に、外販をしていってもカシオ計算機にとって目標とする利益が稼げるような会社にはならないだろうと考えました。さらにそこは管理部隊やマネージャもかなり多く抱えていたので、「そもそも論で考えたら、子会社だってカシオグループ全体の情報システムを担う組織の機能だ」という考え方をして、子会社ではまず外販をやめることにしたんです。
それで、そもそも一体なんだから、情報部門の中の企画の役割とその実行の役割ということでライン機能だけにし、完全に一体化の運営に変えました。もともとはこの本社ビルではなく離れたところにあったのですが、本社の同じフロアに全部寄せてしまったんです。


ちなみにカシオ計算機さんでは業務開発部門に何人くらい所属しているのですか。

矢澤
今、業務開発部で70名弱ですね。


そうするとほとんどの方が企画・評価に携わっているのですか。

矢澤
そうですね。企画と技術とプロジェクトの推進です。


運用と開発の実行、外注管理、開発部門については情報子会社が行っているのですね。そこに2、300人ほどいらっしゃると考えればいいのでしょうか。

矢澤
いや、今はこちらも70名弱くらいですね。

自社開発とERPでまかなう体制

矢澤篤志さん


そうですか、カシオさんほどの規模の会社としては小さいですね。外注比率は高いのでしょうか。社内で100人くらいということは外部で2~300名使っているんじゃないですか。

矢澤
いや、そんなに使ってないですね。かなり標準化をしていますので、ほとんど自前で対応できています。


それはコンパクトでいいと思いますよ。上手くやればそうなると思うのですけど、そうなっていない会社は多いですよね。

矢澤
そうですね。やっぱりERPを入れなかったらそこまでシンプルにはできなかったでしょうね。IT部門がそういうプロセスを作り上げて、ユーザー部門に標準化して入れていくというやり方に変えてきたわけですが、もしそうしなかったらそれぞれの部署でシステムが進化していき、それだけ保守する人間というのが増えていきます。


システムが増えれば当然そうなりますよね。それではほとんどERPと自前の仕組みの構成なのですね。

矢澤
パッケージをうまく組み合わせていますね。例えば、サプライチェーンではパッケージを使っていますけれども、ERPとの組み合わせでCASIO独自のシステムを作り上げています。


そうですか。本来のあるべき形でやられているという感じがしますね。世の中はもっと変なふうになっている中で、原点を守られているのはすばらしいことです。

矢澤
そうですね。話を聞くと他では外注さんとかアウトソーシングという形で外部を使っている比率が高いようですね。


そして梯子をはずされてしまうんですよ。だいたいERPを入れると情シス部長が胃潰瘍になるといいます。毎月コンサルタントがすごい金額の請求書を送ってきますからね(笑)。

矢澤
私ももしERPを外に任せていたらどれだけ金かかるかと思って、恐ろしいと感じますよ。


システムを買ったつもりが人を買ってしまっているんです。どんどん人を連れてきて「1人月300万です」って言うわけです。

矢澤
1人月300万はとんでもないですよ。


ええ、私もあれはいけないと思います。50万くらいだったら、こちらもその勉強中で人手も足らないことだから、まあいいかなと思いますけれど。

矢澤
そうですよね。最初は自分たちも分からないから、私たちも外部を使っていたんだけれども、彼らは業務も分からないし、結局ERPの範囲しか分からないわけです。「そんな連中にこんな高いお金を払うの?」って、頭にきましたね(笑)
それに97、8年というと、うちの社員が教育を受けに行く隣でベンダーの人たちが一緒に技術教育を受けているわけです。だったら自分でやったほうがいいと思いますよね。

パッケージ導入の成功には前提条件がある

林衛


そもそも業務がわかっている人が勉強すればいいんですよ。分からない人が勉強するとERPの基礎しか勉強できない。それなのにどんどん時間当たりのお金がかかってしまうんですよ。そうすると結局困るのはやっぱり経営者です。だからその間に立ってマネージメントする人間が必要なんです。
特にパッケージの導入部分というのは、男性がスーツを買いにくいのにわざわざ女性用のコーナーに行って、そこにあったスーツを合うように作り替えているようなものですよ。

矢澤
そうそう! そのとおりです。


だから買った服に自分の身体を合わせる覚悟が絶対必要なんですね。たとえ苦しいダイエットをしても(笑)。そういうふうに考えないとERP導入はできない。既製服に身体を合わせるという発想があればいいんですけれど、ユーザーに「どうやったらいいのでしょうか」と聞けば、身体は変えたくないから、服のほうを全部変えてくれって言いますよね。 ERPといえばSAPが代表格であるが、大きなシステムを伝統的な大企業に最初に導入した。そうすると失敗したと言えないので、「まあまあ上手くいっています」と言うわけです。それがそもそも間違っています。私もかつていた会社では、94年ごろですが、ERPとコンサルを担当していました。コンサルティング部門40名の半分はERPをやっていました。私がそのERPに限らず上手くいっているケースを調べていったら、ほとんど外資系企業の日本法人でした。日本の企業で成功していたのは、新規事業で既存のプロセスがないところに適用したところです。もう既に業務が、確立されているところに入れて成功した例というのはほとんどなかったです。まあ、そのERPは会計システムが主なので、使い方を間違えなければそうひどいことにはなりませんが。

矢澤
そうですよね。もしかしたら、私たちが苦労したのは林さんがその会社のコンサルタント部門を解消してしまったのが原因かもしれないですね。それが94年でしょう? 私たちがERPを入れたのは97年で、もうその頃には日本の中で導入ができるところはなかったんですよ。だから海外から人を呼んできて、うちの英語の分からない人たちと通訳を挟んで対話をしながら導入をやった時期もありました。林さんのいた会社で体制を保っていたら、うちはそんな苦労をしなくてすんだかもしれない(笑)。


申し訳なかったです。私の不徳の致すところで(笑)。でもあのころは人材がどんどん流出しましたから、どうにもならなかったのです。アメリカの本社にも行かれました?

矢澤
行きました。会長が来日したときにもCASIOを訪問してくれて、お会いしています。


あの人たちはいい人たちですよ。

矢澤
そうですね。結果的にそのERPを選んでよかったと思います。ある程度構造が見えて、我々IT部門が自分たちで担えるようなパッケージだったので。


ものも非常によかったですね。会計が特にね。

矢澤
日本でこれだけ大規模に入れたのはうちしかないと思います。会計はもちろん、製造、物流、販売、全部入れましたから。


自前でメンテナンスをしたり導入したりする体制をとられたのでそれが可能だったと思います。だから自社でしかやれなかったという条件が結局よかったんですよ。

矢澤
そうですね。よかったと思います。

サプライチェーンでの失敗とリトライ

矢澤篤志さん

矢澤
ERPはそうやって自分たちでやってきたのです。私は96年当時までSCMの構想をやっていて「それじゃあとは任せた」ということで、IT部門に移り、ERPの導入が主体になっていました。SCMについて業界では、当時あまりきちんとした概念がなくて、98年くらいにI2が来た時に、コンセプトは我々が考えていた製販一貫のシステムだったから「これだ!」ということでユーザー部門が飛びついてしまったのです。そこからまたSCMはSCMで苦労が始まりました。結局、システムを入れたはいいけど思うように動かない。最初に描いていた業務改革のプロセスを実現できなくて、結果的に効果が出なかったのです。


パッケージの発想自体は素晴らしいのでしょうけど、日本の企業の仕組みというのはそう簡単ではないですよね。

矢澤
日本の製造業は自分のところで製造しているわけですから、その中身が外からは見えないのでしょうね。皆さんいろいろとプランニングのところでは使っていますけれども、製造まで繋いだ形で使われているところは非常に少ないですね。


自分で繋いだほうがいいでしょうね。

矢澤
そうですね。私が先ほど、部門長になってコミットをした時に、サプライチェーンもその中に入っていたのですが、やっぱりもう一回サプライチェーンをやりたいという自分の思いも強くありました。


リトライされたのですか。

矢澤
ええ、リトライしました。


それはそれでスタックしました?

矢澤
現場もIT部門も一度経験をしているので、今回はスタックしませんでした。いきなりシステムを代える訳にはいかないので、まずは導入したシステムの中で効果を出す事を考えました。特に大きかったのは、サプライチェーン全体の情報を可視化し、現場、経営が一体になって考え、手が打てるようにした所です。それである程度の効果が見えてきたら、次に、プロセス、組織、そして最後にツールを見直しました。
「プロセスを考えた時にITとして必要なツールはこういったものだろう」と考えてずっと探していきました。結局日本にはなくて、たまたまカナダのツールに当たった時に、初めて「あ、これだ」と思ったのです。その会社も日本に初めて入って来るというので、「いったん試させてくれ」と、自分たちが考えるプロセスを作ってプロトタイプを見て判断しようということにしました。やってみたらかなりフィットしたので導入を決めたのです。それで徐々に、いったん入れたI2をこちらにリプレイスさせていって、最後には全部切り換えました。それはもう完了して、在庫もその当時からすると全体に半減はしています。


記事で読ませていただきましたが、すごい変化ですね。

矢澤
結果的には、システムとユーザーの総合力だったと思います。


そうやって矢澤さん自身がだんだんIT系の人間になって、いつ頃海外営業への夢はあきらめたんですか。

矢澤
30代半ばになり、物流だとかスタッフ系の仕事になると、英語を使う場面もあまりないわけですよ。だんだん英語も喋れなくなってきて、自分でも「今からじゃ海外に行っても通用しないんじゃないか」って思うようになりました。そのころですね。


もう、しかたがないと。ITで行くしかないと腹をくくってしまった。

矢澤
そうです。ですからこのあたりは、すっかり海外営業をあきらめたあとの話です。

(続く)

構成;萩谷美也子

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