プロマネの勘所
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2006年12月21日
【林衛の業界探求シリーズ】第四回 ITアーキテクトの育成が今後のテーマ
矢澤篤志氏プロフィール
最終学歴 中央大学 商学部
1981(昭和56)年 4月 カシオ計算機入社
2003(平成15)年 4月 業務開発部長
2006(平成18)年 6月 執行役員 業務開発部長
ITアーキテクトの育成が今後のテーマ
林
人材変革以外では、サプライチェーンの次にどんな仕掛けを企画されているのですか。
矢澤
今取り組んでいるのは、一つはERPでの基幹システム導入の延長線上です。ERPでできなかった日本の国内の販売物流で、うちの中で一番トランザクションが多いシステムです。
林
リスクが高そうですものね。
矢澤
そうです。リスクが一番大きいということと、日本の場合、まだ流通ごとにそれぞれの要求に従って仕組みを作っていかないといけない。そこがボトルネックになります。80年代に作ったレガシーシステムがずっと残り続けていたのですが、そこにお客様からの要求に応える変更を、都度行って膨大なプログラム資産となっていきました。代々の情報システム部長が再構築の必要性は感じながら「これだけはできない」と言っていた部分です。そこを再構築してしまおうということです。
当然全社のデータ構造を合わせていく事が一つの狙いですので、ベースはERPです。しかしながら、お客さま毎に作ってきた部分を作り込むとなると、結局は一から作るのと同じようになってしまう。そこを何かツールや考え方で工夫して早くできないかというときに、出会った言葉がSOAでした。ERPをベースにしながら、お客様毎にパターンを変えてシステムを構築する部分や特に、合理化の要求が強い受注系の部分に関しては新しいツールや技術を入れていって、ERPにかぶせるかたちで再構築しようというものです。このプロジェクトに取り組みはじめたのが、2年半前ですけども、これもなかなか苦労しまして、ようやく2007年春にカットオーバーまで漕ぎ着けたんです。ここが今動いている中で最大のプロジェクトです。ERPのビックバン導入をした以上に難しいプロジェクトですね。最新の技術の力を借りないといけない。
林
現場での本当の技術力が、必要ですね。
矢澤
ええ、うちのメンバーも技術転換の必要があるのだと感じました。今まで私は、ビジネススキルの面での人材育成を心がけてきて、それはだんだんできてきたんです。今度は本当にITの根本のスキル、アーキテクチャですね。ITのアーキテクトの部分でしっかりとした人材を育成していかなければならないと思ったのが、今回のプロジェクトなのです。
林
実は今、私はITアーキテクトの養成や認知にたいへん力を入れています。今まで8年間やってきたプロジェクトマネジメントも非常に重要ですが、そもそも、良い企画や良いい設計がなければPMの意味がないですから。
矢澤
そうですね。
林
設計がまともじゃないのに、いくらマネジメントしても、変なものが早くできるだけです(笑)。
矢澤
もしかすると、これからのIT部門のコアは、ITアーキテクトの部分かな、という気がしているのです。どうでしょう?
林
私はそう信じています。そう決めましたから(笑)。
矢澤
そうですね。私も業務アナリストとPMについてはある程度、養成の目処が立ちました。
林
しかし、アーキテクトが残っているのでしょ。
矢澤
そうなんですよ。
林
この図はそのうちにTシャツにして配ろうかなと思っています(笑)。アーキテクトが好きだったらそこをブルーに塗って。
美しいシステムを作るために必要なフォーメーション
林
私はマイクロソフト社やオラクル社と付き合いがあって講演を頼まれるのですけど、今年の最大のテーマがアーキテクトなんです。PMとアーキテクトの認知度を上げることです。PMは一応認知されていますよね。でも、まだ「工事の元締めのオッサン」という感じから抜け出せていません。それに、美しいシステムをデザインすることを考えると、アーキテクトとの調和が成り立たないと本当のシステムはできないんです。そこはもうひとつのプロフェッショナルの領域だと考えています。
また今後の情報インフラでは、仮想化やアプリケーション標準化が必要になってきますよね。
矢澤
ええ、今私もまさに言おうとした所ですが、まずインフラの仮想化には取り組み始めております。
林
仮想化すれば、例えばサーバーは、日本にあろうがどこにあろうが関係ない。ただ、サービス化することが重要になります。そのためには標準化が必要です。部品だけではなくフレームワークなど全体に標準的なものを導入しないといけない。
矢澤
私も同じような絵を描いて話をしています。この仮想化と標準化とサービス化が必要という考えは、全く林さんと一緒です。
林
ええ。次に人の問題なのですが、現状の課題は、PMがいてSEがいて何が起こっているかというと、現在アーキテクトの役割を「できるプロマネ」は兼任しています。
矢澤
そうですね。
林
それからシステムエンジニアは業務分析、システム設計構築を兼任していますが、兼任してどんどん複雑化しているので一人では手に負えなくなって破綻してきている。PMには超人的な能力が要求され、要するに疲れちゃうわけですよ。責任は重いし。ソフトウエアエンジニアリングの考え方が導入されていないため、常に戦略の基本は人海戦術になります。建築の世界で言えば、一級建築士なし、デザイナーなしで工事をやっている。
これを解決するために、私はアーキテクトを定義したのです。「複雑でも品質が高く美しい情報システムを作る。」「美しい」という発想は非常に重要で、それを構築するためのアーキテクチャ、つまり設計自体に責任をもつことと、それを実現する工法、メソドロジーが必要です。私はもともとこの工法についてずっと学んできました。ところがこの工法という考え方がないので、いきなり人海戦術になるわけです。
ユーザー系企業の中で説明するなら、アナリストが中核にいてもいいんです。アナリストが中核にいて右大臣左大臣みたいな感じでプロマネとアーキテクトがいる。アナリストは業務のプロ、アーキテクトは設計と工法のプロなんですよ。設計のプロと言うと「構想が浮かんだから終わりだ」という感じになってしまいますが、アーキテクトは「どうつくるんだ?」という工法のところまで責任を持つ。
矢澤
そうですね。工法ですよね。
林
そこまで責任を持たないと駄目ですよ。そしてアーキテクトが考え出した案をよく理解し、実際にマネジメントをする推進のプロがPMです。さらに、問題が定義できて自分で解決もできる人、要するに当事者意識と物事に関心がありレベルの高い人がこれから必要ではないでしょうか。
キャリアパスに絶対必要なオポチュニティー(機会)
矢澤
同じですね。私もアナリスト(コンサルタント)とPMとアーキテクトの三つ巴の職種がIT部門のコアコンピタンスだと思っていました。ですから2002年に出たITスキルスタンダード(ITSS)を見て「これだ!」と感じたんです。ITSSの中身を全部見て、そこからCASIOに必要な職種を選定し、定義しました。
林
今ITSSに定義されているのは11職種ですね。
矢澤
ええ、11ありますけど、その中で特に重要なのは、先程の3つの職種。本来この3つが揃えばIT部門は成り立つでしょう。
林
成り立ちますね。
矢澤
ただ、そこまで育成するには、最初は、アプリケーションスペシャリストとITスペシャリストから始めないといけない。
林
下部構造からね。
矢澤
そう、そうですね。
林
出世魚みたいなもので、キャリアパスを積むうちに名前が変わってくるのですよね(笑)。
矢澤
ええ、あとはオペレーションですね。その6種が必要という事で、職種とレベルを定義しました。そして、「下部構造」から上がっていくパスを明確にして、これもコンピテンシーと同じように自分たちでレベルチェックのシステムを作って、全員のレベルを判定しました。「ITSSをものさしとして、自分の現状がどこであるかをチェックし、将来どこに目標を置くかを定義する。」という事をやっているのです。でもレベルを上に上げるためには、どういう教育をしていくか?また、ITSSのレベル向上計画と仕事のアサインをどう連携していくか?そのへんがまだ難しくて…今まさにそれを考えているところです。
林
なるほど。目標管理制度や、それからスキルをどうやって獲得していくかが課題になっている。制度的なものも非常に重要ですよね。
矢澤
ええ。
林
やはり、会社が何か機会を与えないといけない部分も、かなりあると思います。
矢澤
そうですね。
林
そのへんも一生懸命研究してらっしゃるとは思いますが。
矢澤
機会というのはやはり大きいですよね。
林
やはり良いオポチュニティー(機会)がないと伸びませんよ。今の若い人たちが可哀想なのは90年代に入ってから大規模システム開発はなかった。それがもう一度よみがえった時にはほとんどERPの導入で、他社に頼って導入した企業が多いために開発を経験できなかったことです。歳だけ40近くになっているのですが、力がない。ほんとうに可哀想ですよね。
私どものスキル診断はもう40数社でやっていただいています。そのコンピテンシー評価やスキル診断で見ていくと、30代のバブル期の世代にスキルギャップがあります。
事実ですから申し上げますが、スキルの本当にひどい落ち込みがある。ですからメーカーさんでは、だいたい次の課長候補、マネジメント層の中核になる人の候補選びが、今非常に問題になっています。
矢澤
まさにそうですね。90年代前半から多くのシステムは、保守の時代に入っているので、そこで入社した世代は、ずっと保守だけさせられてきた。そうすると一から考えて自分で実行していくという機会がない。そうした経験がないまま育ってきてしまったメンバーが多いのです。
林
そうですね。やっぱり「自ら考えるべき時期」と「厳しい仕事」という機会があって、それを複数経験されてくると順調に成長した感じになるんですけどね。能力が低いと量でカバーするしかありませんから、一時期は残業200時間とかになる(笑)。その当時は嫌なものですけど、そのときの苦闘があとで経験として効いてくる。自分なりに工夫してだんだん実力がついていくし、考え方もだいぶ変わってきますよね。
矢澤
そうです。いい意味で、IT部内の“アナリスト”が仕事を取ってこれるようになったので、今は再構築のテーマがものすごく多いんですよ。だからうちの場合、30代がようやく今になってゼロからのシステムを作る機会ができてきました。「それは本当に恵まれているんだ」って彼らには言い続けているのですが。
林
それは恵まれていますよ。梯子をはずされてしまった会社は、もう元の状態に戻せないです。ブラックボックスになってしまいますからね。そういう意味では、今お聞きしていると、非常に正常なかたちで時代を乗り越えられてきたなという気がします。
矢澤
お陰様でIT部門としての本来の仕事はできていると思いますね。
林
当事者意識がないIT部門というのは弱いです。すぐ人のせいにする。「外注が悪いんです」「それは誰が選んだんだ」という話になったり。
トップの危機感が現場にも浸透
林
これから先が楽しみですね。今まで努力されてきたことが実って。
矢澤
そうですね。インフラの部分、先ほど仮想化と言いましたけれども、基幹に関してはその仮想化を使いながら、全世界ワンサーバーに統合化していく方向で進めています。そうなれば、インフラのところに関しては目処が付いて、今度はそれこそ先ほどのアーキテクトのお話じゃないんですけど、美しいシステムをそこで作っていくことですね。美しいシステムを作るということは、やはりそれだけ効果が生まれることに繋がると思うんです。安くて品質がいい情報システムが運営できる。一応その土壌は作って来ること
ができたと思います。
林
これからカシオ計算機さんは安泰ですね。
矢澤
どうでしょう。トップは危機感の固まりですよ。トップがモットーにしている言葉は「今ほど悪い時はない」(笑)。いつでも今が一番悪いと思えと。赤字を経験してからは常に危機感を持ち続けています。それからV字回復を果たし、4期連続増収増益で、この2期は売上・利益とも過去最高ですが、それでもすごい危機感を持っていますね。電気精密の中では利益率からいったら結構いいんですけども、「これじゃあ勝ち残れない」と盛んに言っています。
林
危機感は重要です。それに加えて明るい希望というか、楽しみというか、そういうものが見い出せればよいと思いますよ。でも大きな会社になると資産も大きいけれど、巨大タンカーを動かしているようなものだから、危機になった時に方向を変えたり止まったりするのはたいへんですよね。
矢澤
当社が赤字になった2001年から過去を振り返ると、90年代後半はうちも大企業病になっていました。各事業部門やグループ会社それぞれに権限を持たせていたのですが、なかなか制御が効かなくなっていました。赤字を経験し、そこからは一気にTOPダウンで改革を断行してきました。その後は、常に全体最適を意識して、TOPダウン型の運営に変わってきています。
林
意志決定が早いというのはそれだけで馬力でしょうね。圧倒的に競争力が違う。往々にして大きい会社は決められないです。特に業界で決められない。
同じ業界にいると、そのカルチャーに染まって、それが当たり前になりますよね。それをどうやって破ればよいのかというと、やっぱり「自分の壁」を破ることです。「会社のここが悪い」という前に、じゃあ、自分はどうするのかを考える。そういう意識を、会社が大きくなってもずっと持てればいいのだと思います。
矢澤
そうですよね。うちのトップは成功体験を持っているはずなのに、常に「この時の自分は駄目だった」と言って反省をするんです。トップがそう言っている姿を見ていると、「常に自分が変わっていかなきゃいけないんだな」って思いますよね。
林
今トップとは非常に近い位置におられるのですよね。話す機会も多いでしょう。それは非常にいいことですよ。
矢澤
そうですね。うちのメンバーは100人くらいいますが、社長直属なので、半年に一度メンバー全員の前で社長が話をしてくれるんですよ。直にそういうことを話してもらえるので、うちのメンバーは危機感を持ってやってくれていると思うのです。トップと直接コミュニケーションする場があると、社員の意識がぜんぜん違います。非常に助かりますね。
最大のストレス発散はディンギー
林
柔らかい話ですけど、矢澤さん自身はどういうことが息抜きになったりするのですか。
矢澤
毎週テニスは必ずやりますね。ゴルフは月1、2くらいです。あと最近はそれのリハビリという意味も含めて、スポーツクラブでヨガをやっています。
林
プロフィールで拝見したのですが、ディンギー(軽量の競技用のヨット)をやられているとか。
矢澤
ディンギーは学生時代からやっています。
林
何に乗られているんですか。470艇ですか。
矢澤
ちょっと大きめのシーラークです。470とクラスは同じですね。
林
私はシーホッパーを持っていましたから。40過ぎから始めましたが、乗れちゃいます。
矢澤
本当は海が一番ストレス解消にはなるんですけれどね。もともと横浜に住んでいたので近くの仲間たちと一緒に買って、ずっと三浦に置いてやっていたんです。三戸浜ってご存じですか。
林
私も三戸浜でやっていますよ。私のところはその一番奥で、岩場でちょっと出入りがきついところなんですよ。
矢澤
あそこはたいへんですよね。私も仲間たちが風で流されて、そっちの岩場のほうに行った時に助けに行ったんです。助けに行って岸に揚げようとしたら、そのヨットが左足に乗って骨折しました。ちょうどあそこの岩場のところで、生まれて初めての骨折を味わったわけです。
林
そのあとも乗っています?
矢澤
乗っていますけど。それから埼玉のほうに引っ越したので、なかなかあそこまで行くのがたいへんで。行かなくなったのはこの4、5年です。だからたぶん林さんと同じ時期に浜に行っていると思います。確か先々週は行ったのかな。今は行っても年に1、2回くらいです。やはり身体を動かさないとストレスは発散できないですよね。
林
体ではなくて頭を動かしてストレスを発散している人がいるけど、頭だけだと変な方向に向かってしまいますからね。
まあ、ヨットは楽しいですけれど、片付けるのがたいへんですよね。セールやシート(ロープのこと)を洗ったり、干したり。
矢澤
そうですね。揚げるのもたたむのも疲れちゃって。
林
この作業をすると人間性がわかりますよ。遊ぶ時に一緒に遊んで、片づける時にいない人がいる(笑)。「このやろう…」と思ってね。クルーザーは乗られていないですか。
矢澤
そうですね。仲間たちとは、「そろそろクルーザーにしようよ」って言っているんだけど、やっぱりいったんディンギーをやってしまうとなかなかね、スリルや爽快さがぜんぜん違うので。
林
全く違いますよね。だって、バイクに乗っている人に、ロールスロイスが好きか(笑)と尋ねるのと同じくらい違います。私もけっこう危ない目に会いましたよ。でも、すべて帰還していますから(笑)。沖まで行って、もう陸地がこんなに遠くなって、しかも暗くなってくる。シーホッパーは、リーフ(帆を一部たたむこと)できないので、なんとか風を逃がしながら、しかも私の帰還先は一番岩場に近いところに着けないといけない。あそこは後ろ風がかなりきついですよね。横揺れしちゃって。岩場に突っ込んだら危険だし。
矢澤
あの場所はたいへんですね。確かに。
林
だからテクニックを磨きましたよ。状況が最初から厳しいから。今はもう社長をやっているもんですから、もう少し楽なゴルフくらいにしようかなと。でもヨットのほうが楽しい気がしますね。
矢澤
僕らみたいなディンギーをやってきた人間は、クルーザーのレースでもいいクルーになると思うのです。急に天候が変わってとんでもない目に遭うのは当たり前だと思っていますもの。
林
そう、当たり前ですよね。
矢澤
海なんだから、天候が変わるのはしょうがないし、自分でなんとかするしかない。
林
いや、本当に悲しくなるような目に会うんですよね(笑)。
矢澤
うん、本当です。こればかりはやっている方じゃないと分からない感覚ですね。
林
帰って来た時に「嬉しいな、地上に帰って来れて」とほっとします。
矢澤
まさに生還ですよね。
林
生還して、そのあとセールを洗ってたたむんです(笑)。
でも、それをお聞きして、矢澤さんがこれまでいいお仕事をなさってきた理由がよく分かりました。正直言って、仕事だけしてきた人は、あまり面白い人はいませんものね。
矢澤
そうかもしれませんね。
林
初対面にもかかわらず、今日は本当に楽しませていただきました。ありがとうございます。
矢澤
いえ、こちらこそ。含蓄あるお話を聞けてよかったです。
(終わり)
構成:萩谷美也子
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