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2007年1月26日

【ドラッカーに学ぶ組織運営と人財のイノベーション】第一回 読者一人ひとりに「わが心のドラッカー」がいる

上田惇生さん

上田惇生氏
ドラッカー学会代表理事、ものつくり大学名誉教授、立命館大学客員教授
上田惇生先生のホームページ
ドラッカー学会のホームページ

読者一人ひとりに「わが心のドラッカー」がいる


本日は、上田先生とこのような席で対談をさせていただくことになり、たいへん嬉しく思っております。上田先生、ITIフォーラム2006においでいただき、本当にありがとうございます。
かねてから私は、上田先生が訳されたドラッカーの本をずっと読んでまいりました。このフォーラムの冒頭でも申し上げたのですが、私どもアイ・ティ・イノベーションは、まだ設立して日が浅い会社です。色々なことを悩みながら経営していく中で、先生の訳されたドラッカーの本を読みますと、まるで私に語りかけているような感じがいたします。そのような経緯で、以前から「上田先生は、どういう方なのだろうか」と気になっておりました。そして、先生が、どのようなきっかけでドラッカーと出会い、今のお仕事をされているのかということについても、非常に興味がありました。
先日、先生が執筆されました『ドラッカー入門』は、大変分かりやすく書かれていますので、皆様に買って読んでいただければと思います。本日はせっかくですので、本の行間のところをぜひ、お聞きしたいと思います。今回、『ドラッカー入門』という本を書かれた背景や、「ここをぜひ読んでもらいたい」というところがございましたら、その辺も交えてお聞かせください。まずは上田先生から、自己紹介もかねてお話しいただけますでしょうか。

上田
上田でございます。よろしくお願いいたします。ただいま林社長よりご紹介いただきましたダイヤモンド社の『ドラッカー入門』が、私の著書としては処女作になります。実はこの『ドラッカー入門』は、「そんな本は自費出版にして、ただで配れ」(笑)と言われてしまうのではないかという種類の本です。なにしろ、最初から最後まで、「私のドラッカー」について語っている本ですから。
簡単にご説明しますと、ドラッカーという人は2005年に亡くなりましたが、現代社会最高の哲人と言われています。「ナチスが全ヨーロッパを席巻する」とか、あるいは「日本が経済大国になる」、「社会の転換期がやってくる」、「高齢化社会がくる」、「民営化が必要だ」といった諸々の大変化を予見した人です。また、人間社会をよくするためにはどうしたらいいかということを考え、「それにはマネジメントが必要になる」と、それまで存在しなかったマネジメントという概念と手法を、自分で発明してしまった人でもあります。
それに加えて、もう一つ特徴的なのは、ドラッカーの本の読者の数と同じだけのドラッカーがいるということでしょう。それぞれのドラッカー、皆さん一人ひとりの「心のドラッカー」がいます。同じ本の読者同士が、「えっ? そんなところが面白いの?」と言い合うくらい、みんな違ったところに惹かれます。それが、ドラッカーの凄いところです。私は今回、ドラッカーの入門書を書いたつもりなのですが、やはり「私のドラッカー」になってしまうのですね。「上田のドラッカー」、しかも「今の上田のドラッカー」ということで、ドラッカーについて説明を始めますと、もう延々と話すことになってしまいます。ですから、ごくごくかいつまんでお話ししましょう。

上田惇生さん

1957年、今から50年前に、ドラッカーは突然こういうことを言いました。「どうもモダンが終わってしまったようだ」「今やポストモダンが来た」と。モダンとは、近代合理主義のことです。つまり、モダンとは、デカルトから始まり350年続いた「ものごとは、理屈で全部分かる」という考えの枠組みです。そういう時代が終わったのではないか、理屈で分からないものはたくさんあると、ドラッカーは考えたのです。ドラッカーは、その後50年間、彼の著書で、その「理屈では表せないものとは、どういうものであるか」を教えてくれているのです。
ドラッカーはこうも言っています。「政党、政治家、学者、マスコミが言っていることは、全てモダンの言葉である。しかし、われわれが生きる世の中は、モダンの後の、ポストモダンの世の中である。つまり、部分最適が全体最適につながらないという時代、あるいは、すべてを命あるものとして、全体をとらえなければいけない時代になる。そうでないと、教育問題にせよ、途上国問題にせよ、すべての問題は解決できない。そういう時代がやってきた」と。さらに、ドラッカーは、「そのポストモダンには言葉がない」とも言いました。その言葉がない状況の中で、彼だけが考えに考え抜いて、ポストモダンの世の中について書いてきてくれたわけです。ですから、「それぞれのドラッカーがある」というのはどういうことかと言いますと、現代人はみな、自分の考えていること、自分の目の前にあること、自分の感じていることと、普通に言われていることとの間のギャップがどんどん広がっていく気がしてしかたがないのです。そのときドラッカーが「そう感じているあなたのほうが正しいのですよ」と言ってくれます。それがドラッカーの魅力です。『ドラッカー入門』は、その魅力について書いたつもりです。
ドラッカー学会を去年つくりましたので、ぜひホームページをご覧いただきたいと思います。実はそのホームページに、『ドラッカー入門』の書評を、ドラッカー学会員の1人が書いてくれました。「マイ・ドラッカーであるところがいいのだ」ということを認めてくれた書評ですので、それも読んでいただきたいと思います。

上田惇生先生のホームページ
ドラッカー学会のホームページ

上田先生とドラッカーとの出会い


今のお話は、ほとんどドラッカーについてのご紹介でした。上田先生ご自身は、経団連に入られて、色々な経済人の方々との接触があったと思いますし、今でもおありだと思うのですけど、その流れの中でドラッカー自身とどのように出会ったのでしょうか。またドラッカーは人間として、どのような方だという印象を受けられたのでしょうか。私はその辺についても、大変興味があるのです。

上田惇生さん

上田
はい。ドラッカーさんは、文明の行方という不思議なものに関心を持って、それを追いかけるのが仕事という人です。とにかく仕事人間で、仕事で「おぬし、やるなあ」と、認め合うような関係が大好き。ドラッカーの奥さんは、非常に社交的な方で、先々週も日本に来られました。95歳ですけども、ものすごく元気な人で、すぐ人と親しくなるというタイプですけれども、ドラッカーさんのほうは仕事第一。そういう感じのご夫婦でした。
私がどのようにしてドラッカーと知り合ったかについてお話しましょう。私は経団連に就職してすぐ、ある雑誌の編集を担当しました。それは新入社員にちょうどいいぐらいの雑誌だったのですけど、そこにある有名な方の原稿が届いたわけです。就職して担当するやいなや、私の前任の担当者、つまり先輩が頼んだ原稿が上がってきたのです。その原稿を読んだとき、私にはちょっと分からないところがあったのですけれども、「こんな偉い人が言っていることだから、そのまま載せよう」と、雑誌に載せてしまったのです。すると病気で休んでばかりいた次長さんが、たまたまやって来まして、机の上に足を投げて、「上田君、このところが、よく分からんけど、どういう意味なんだ?」と、こう聞かれたのです。「私もよく分からないんです」と答えたら、こっぴどく怒られました。「机の前を、自分が分からないものを通すな。それだけだ!」と、それはもう、あんなに怒られたことはないというくらい怒られました。それ以来、私はその言葉に従って仕事をしてきました。
一方で「せっかく経団連にいるからには、経済に関する本を翻訳すると勉強になるぞ」と先輩に言われて、翻訳チームで何冊か本を出していたのです。そのうちドラッカーの『マネジメント』(上・下)という分厚い本が出たので、野田一夫さんがヘッドで作られたチームに6人が参加して翻訳をしました。さらに翻訳の監修ということで、大学の先生が全部その文章を直しました。
自分の文章を直されるから、翻訳チームのみんなはぶつぶつ怒るわけです。私は怒ったついでにドラッカーに手紙を書いて、「大体、あの本は厚過ぎる。ダブりもあるから、もっと薄くすることもできる」と提案しました。さらに「英語で短くするから、短くした原稿を見てほしい。それでよかったら、それを日本で出版したい」と付け加えましたら、「ぜひやってくれ」と返事が来たのです。それは結局『抄訳マネジメント』という本になり、36版までいきました。後日、それに手を入れて、『マネジメント‐基本と原則(エッセンシャル版)』という本に改訂し、現在でも大学の教科書などに採用されています。
それを作る過程でも、「分からないことを絶対通さない」という初心を貫かなければなりません。私はもう、どんなことであっても、分からなければドラッカーに全部聞きました。そうしたら、10個所聞くうち、8個所ぐらいは私の責任、つまり私の能力のせいで分からなかったところなのですが、2個所ぐらいはドラッカーのほうに責任があるわけです。本人も、つい思い込んでしまって書くということはありますからね。「こんな細かいところまで読んでくれるのか」ということで、とても喜ばれました。もう一つは、出来上がったものを読んでくださった盛田昭夫さんをはじめとする、ドラッカーの友達の日本人が、「今度の翻訳どうだろうか?」とドラッカーに聞かれたときに、「英語より分かりやすい」と言ってくれたのです。
それが重なって、ドラッカーと私の関係は、それ以来ずっと親せき関係みたいになってしまいました。もちろん親せきではないですけど、弟子でも何でもないのです。分からないことをとことん聞くという、ただ一点だけのことからスタートしたとてもシンプルな関係です。


私は今回、上田先生の書かれた『ドラッカー入門』を読ませていただきましたが、それ以外にも、『365日ドラッカーができる』という本、『ドラッカー365の金言』を、5月か6月くらいに購入し、何とか日付に追い付こうということで一生懸命読みまして、今日を迎える前に読み切ったのです。それで感じたことなのですが、ドラッカー自身が書かれた本も、上田先生が書かれた本も、そこから受ける印象が同じなのですね。もう上田先生がドラッカーになっているのではないかと思いました。

上田
昔「博士の異常なる愛情」という映画がありましたが、客観的に見ますと、私の生活もかなり異常だと思うのです(笑)。どのぐらい異常かといいますと、今朝、宅急便でダイヤモンド社に『非営利組織の経営』という、十何年前に翻訳した本を訳し直したものの最新校正を送りました。それで、明日の朝は、『イノベーションと起業家精神』の新訳の原稿を渡します。それが終わったらすぐに『経営者の条件』という本のワークブックを作る仕事が待っています。
ドラッカーの読書会を主催してきてこの『経営者の条件』を18回読んだという、不思議な人がまたいるのです。北海道の方なのですが、その人の知恵を借りて作る予定です。実は、そのワークブックの原書がちょっといいかげんな原書なのです。「いいかげんな原書」と言うのもおかしいですけど、ドラッカーがいい加減なのではなくて、ドラッカーと組んで本を書いた相手の先生がいい加減でして、その部分を修正しないと日本の読者が怒ってしまう本になりますので、修正についての相談をします。その後は、イーダスハイムさんという、女性の博士でコンサルタントである人が『デフィニティブ・ドラッカー』という書名でドラッカー伝を書いており、その原稿が届きましたのでそれの翻訳にかかります。それは、5月頃本になる予定です。まあ、大体がそういう毎日ですね。
だから、ほとんどの時間がドラッカー漬けです。何か普通の人間ではないみたいで、あきれてしまいます。(笑)。

構成:萩谷美也子

(次回に続く)

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