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2007年3月 9日

【ドラッカーに学ぶ組織運営と人財のイノベーション】第四回 バランス感覚でポストモダンを生き抜こう

上田惇生さん

上田惇生氏
ドラッカー学会代表理事、ものつくり大学名誉教授、立命館大学客員教授
上田惇生先生のホームページ
ドラッカー学会のホームページ

日本の持つ優れた部分と、弱い部分


そのお話は、やはり現在の上田先生を通して見たドラッカーの体験ということになるわけですが、彼自身、ヨーロッパで活動しているときに出会った価値観にがっかりした、そこで、思いきって人生を切り替えて、それによって、いろいろなことを発見して発展していくわけですね。 そのドラッカーが、日本に対する思い入れを、それだけ強く持っていたということは、日本はまだまだポテンシャルがあると考えてよいのでしょうか。

上田
もちろんです。私は「ドラッカー入門」の中で、ちょっとそれを強調して書き過ぎてしまったかもしれませんね。今度あの本を韓国語と中国語に翻訳したいと、それぞれの国から言ってきているのですが、「その部分を翻訳者はどうするのかな」と思って、心配しています(笑)。
例えば、「日本の水墨画は、最初は中国のまねをしたけれど、独自の発展をして、全然違う芸術になった」とドラッカーは言っています。中国の翻訳者は、どうするのでしょうね。韓国の翻訳者は、「そのあたりは日本と韓国を別にしないで、東洋と西洋ぐらいに訳したい」と言っていました。私はドラッカーの言った言葉を、そのまま受け取って書いたわけですから、日本の独自性というものを、ちょっと言い過ぎたかもしれません。でも、「東洋と西洋は違う」くらいにしてよいのかどうかについては、韓国や中国の人たちの右脳と左脳の関係を私は知りませんし、判断できる立場にないと思います。

上田惇生さん


私は、もちろん上田先生のご本が売れることを願っているのですけど、実際に読みまして、あの本が中国語、韓国語に訳されること自体が非常に興味深いです。その2つの国でどういう読まれ方をして、どういう書評が出るかも、見守りたいと思っています。
でも、書かれている内容は、日本についても全くそのとおりだと、私は思います。日本という国には希望もある。ただ、磁石のようにみんな同じ方向を向くという傾向がありますね。ちょっと調子が悪いとみんなで沈み込んでしまったり、とにかくまわりと同調しすぎるのはどうかと思います。あれはなぜなのでしょう。精神面で、まだまだ弱い部分があるのでしょうか。何が足りないのでしょうか。

上田
ドラッカーも、決して手放して日本をほめているわけではありません。いま林さんのおっしゃったことに関しても、「大正あたりから、日本は発狂状態に入ってしまった」という言い方をしますね。例えば、ドラッカーは神道をとても大事に思っているのですが、それは宗教としての神道ではないのです。あくまでも文化として神道を評価しています。「しかし、戦前の日本政府は、欧米の宗教のように神道を扱おうとし、進む方向を間違ってしまった」という意味のことを言っているのです。
実はドラッカーが一番評価しているのは、江戸から明治にかけての日本のあり方です。そこに日本の本質があるというのが彼の基本的な見方です。ですから、この間、ある政治家の方が新書で「ノモンハン以降の日本」について書いていらっしゃいましたけれども、ドラッカーもやはり、日本の全部がよいといっているわけではないのですね。

バランス感覚でポストモダンを生き抜こう

林


それはそうですね。上田先生から見て、今の日本というのはどうお感じでしょうか。かなりよいところもある一方、一部におかしい部分もあると思うのですが。

上田
いや、私は基本的には大丈夫だと思っているのです。一部変な方向へ行こうとしても、バランス感覚のようなものが働きますから。
ドラッカーは、バランス感覚を非常に重視します。だから、よく「煮え切らない」と批判されるのです。キッシンジャーからもだいぶそういって批判されました。
その「バランスを取る」というのはどういうことかというと、例えば、ドラッカーは「変革と継続が要る」と言っています。一見して、こんないいかげんな言い方はないし、矛盾することを言っているように見えるでしょう。でも、ドラッカーはこう言うのです。「社会的存在としての人間が本当に必要とするのは、社会の継続である」。ずっと続いていくこと、それが大事なのだと。「しかし、あらゆるものは陳腐化し、あらゆるものがエントロピーの法則から逃れられない。とするならば、今のその継続を保証するには変革が要る」と、そういう考え方なのです。


ITの世界も、全く上田先生が今おっしゃっているとおりです。何かを確立してしまうと、陳腐化が始まりますが、だいたい70%強ぐらいの人がそれにしがみついて、そのまま行こうとします。そして2割ぐらいの人は、「いや、違うんだ。もっと変えていかないといけないんだ」と考えているように見えるのです。それは、いま上田先生が言われたことと似ています。
それから、私がもう一つ思ったのは、日本のグローバルなメーカーで非常に成功しているところでは、やはり継続と変革を重視していることです。それから、人も重視していますよね。それもドラッカーの考え方と、何か共通点がある気がするのですけど、いかがでしょう。

上田
全くそのとおりです。ドラッカーの言っていることと、日本の企業がやっていることは、やはり到達するところが同じです。さらに言うならば、アメリカの企業でも、エクセレントカンパニーと言われているようなところは、日本の優良企業とそれほど変わらないですね。
実は、日本の企業とアメリカの企業が違っているように見えるのは、偉大なるデカルトのおかげなのです。すべてを理屈で分かろうとしたデカルトの方法序説以来のやり方、つまりモダン=近代合理主義というのは、一度はとにかく成功したわけです。そこから技術が生まれて、350年の間に人類は相当なところまできた。そして西欧が、そのモダンの本家本元でした。
ただ、時代はすでにポストモダンに変っています。ドラッカーのいうように、「理屈だけでは通用しないよ、これからは、すべてを命あるものとして見なさい」というメッセージが意味を持つわけです。
しかし、モダンには過去の豊富な経験があります。しかも、そのモダンの側、デカルト派のほうには言葉がある。だから会議室では、そちらが勝ってしまうのです。ポストモダンの側は、「おてんとうさまが許すわけはない」とか、「世間様が何と言うか」とか、「そんなうまくいくわけがない」とぶつぶつ言うだけ(笑)。 モダンの典型として、理屈で格好よく言い、しかも分類整理してそれを記憶するという特技をもつ人が、よい大学を出て、役所や会社で高い地位に昇ります。そういう人が理路整然としたことを言うのに対して、一方では、何かそうではないような気がするのですが、会議ではぶつぶつ言うぐらいしかなくて、もごもごしているうちに終わってしまう。でも、なにかすっきりしない。それをドラッカーは、はっきり「あなたのほうが正しいんだ」と言ってくれるのです。ですから、みな「自分のために書いてくれた」思うのです。事実、そうなのだと思います。


私も、もう明らかに、理屈だけで説明できる世の中ではなくなっていると思いますし、選択し、自分自身に働き掛けてやっていく時代に入ったような気がします。
もっともっとお聞きしたいところですが、そろそろ時間も迫ってまいりました。

上田
では、皆さんにもう一つだけご紹介したいドラッカーの言葉を読ませていただきます。
「われわれはいつの間にかモダン(近代合理主義)と呼ばれる時代から、名もない新しい時代へと移行した。われわれの行動自体、既にモダンではなく、ポストモダンの現実によって評価されるに至っている。にもかかわらず、われわれは、この新しい現実についての理論、コンセプト、スローガン、知識は持ち合わせていない。今日、われわれが口にしているものは、350年来の世界観である。だが、われわれが目にしているものはそうではない。しかも、われわれが目にしているものには、名前さえない。手段もなければ道具もない。言葉さえない」。この言葉が、私は好きなのです。そしてドラッカーの言っていることこそが、私たちの直面する現実であると思うのです。


ちょうどその言葉の中の、「目にしているけれど言葉、形も分かりにくいもの」が、私たちの手がけているソフトウエアに通じるのではないでしょうか。ですから、IT業界にいる私たちには、いくらでも可能性があるということが、本日この対談では、確認できたと思います。
対談らしくない対談となりましたけれど、私たちもあきらめずに、今後もやっていきます。

上田
最後にもうひとつ、しつこくドラッカーの言葉を紹介させてください。
「自らの成長のために最も優先すべきは、卓越性の追求である。そこから充実と自信が生まれる。能力は仕事の質を変えるだけでなく、人間そのものを変えるが故に重大な意味を持つ」。これも私が大好きな言葉です。


奥が深いですね。皆さんの誰もがうなずきながら、実行するのが一番難しい言葉なのではないかと思います。
では、皆さん、ぜひ上田先生のへの拍手で終わりといたしましょう。

上田
ありがとうございました。

(了)

構成:萩谷美也子

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