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2007年10月19日

【林衛の業界探求シリーズ(3)】第一回 「心ゆくまで情報理論に浸った学生時代」

新しさに惹かれて管理工学科に進学

渡辺道人さん


本日は私、渡辺社長の前で緊張しています。

渡辺
何をおっしゃいますか(笑)。


暑い夏でよかったです。凍りそうです(笑)。

渡辺
まあ、よく言う…(笑)。


冗談はさておき、渡辺社長とはいろいろなご縁で何度もお会いしているのですが、もう少しリラックスした場が多いですよね。じっくりお話しするのは初めてです。ですから、私は、本当の渡辺社長を分かっていないと思いますので、今日は非常に楽しみにしております。

渡辺
僕のほうは林さんのことを、けっこう分かっているかもしれません。なにしろ林さんの情報発信量は、多いから。


弊社のメールマガジンも、たまには読んでいただけているのでしょうか。

渡辺
ええもちろん。はるかに有名人の林さんからインタビューされるのはなんだか落ち着かないですね。


今回は無理をお願いし、お忙しいところ押しかけてすみません。
さっそくですが、プロフィールを拝見すると、渡辺さんは熊本のお生まれなのですね。驚きました。(都会人に見えるので)

渡辺
でも、生まれてから半年ほどしか居なかったんですよ。親父がちょうど熊本に転勤で行っていたときに生まれたので。


それで、その次が伊丹ですか。あの空港のある…

渡辺
これも幼稚園のころで、1年も居なかったですね。


ということは、渡辺さんの場合は、物心ついてからは、もう東京っ子として成長された。

渡辺
そうですね。ただ幼稚園の時の1年足らずの関西生活はかなり大きな経験をしました。喋る言葉がもうまるっきり関西弁になっていましたからね。東京に戻って小学校に入ったのですが、そうしたら全然言葉が違うので、子供なりにショックを…まあ、ショックと言うほど深刻じゃないけれど、とにかくびっくりしましたね。あのくらいの年齢は、すぐ言葉を覚えて適応してしまうものだから。


関西弁の渡辺さんというのも、なかなか想像がつきにくいのですが(笑)。
ご経歴を拝見すると、完璧ですね。最初からITのために、全て一貫しているご経歴というような感じに見えるのですけれど。私なんか、あっちに振れたりこっちに振れたりしているのに、渡辺さんは一貫して慶応ですし。

渡辺
いやいやいや(笑)


大学は慶応の管理工学科を選ばれた。やはりコンピュータや情報に興味があってということなのでしょうか。

渡辺
そうそう。ちょうど、システムエンジニアリングとか、そういうものがいろいろ出てきた時期なのです。僕は器用じゃないせいか、いわゆる機械と油でやるような工学にはあまり興味がなくて、経済学部に行くつもりだったのですよ。


ああ、そうなんですか。

渡辺
そのころ、ちょうど管理工学科ができたのです。できて間もなくて、いろいろ新しいことをやっているらしい。そういう方面も面白いかなと、ちょっとそこで血迷っちゃったのね(笑)。


慶応の管理工学というのは有名ですよね。

渡辺
あのころはなかなかすごかったですよ。その年は、慶応の内部進学で、医学部に必要な持ち点数で負けてなかったくらい(笑)。


花形学部だったのですね。

渡辺
でも、みんな中身がわかって受験したわけではないのですよ。「よく分からないけど、横文字で新しい風が吹いている気がして、これはいい!」と。


いわゆるIEとかORとか、計測学科というのもありましたね。

渡辺
計測学科は管理工学科よりもう少し前に出来た学科です。


渡辺さんは、私よりだいぶ先輩ですが、私の時代でも、管理工学系で計測というのはわりと流行っていました。

渡辺
そうですね、つぎつぎ新設されて流行っていましたね。

コンピュータを横目に見ながら情報理論にのめりこむ

林衛


それで実際に入られて、いかがでしたか。期待と現実は一致していましたか?

渡辺
とにかく、中身がすごくバラエティーに富んでいましたね。ときには機械図面を書かされることもありましたけど。例えば、投資とリターンを現在価値に直して比較しないといけないということを教わって、「なるほど、そりゃそうだな」と思ったりしました。今では当たり前のことなのですが。
それからサンク・コスト(埋没コスト)の概念。使ってしまった費用はその後の意思決定にはもう関係ないのだとか、そういう意思決定に関することを習うわけですよ。別にそれは難しい数式ではないのだけど、「なるほどな」と思わせる概念だった。それが印象的でしたね。
一方で、もうそれは長い数式なんかも出ます。計量経済学とか。僕はそんなに数式が好きじゃないから、そういう講義は眠いだけでしたけどね(笑)。


イメージとしては、管理工学はいわゆる純粋な工学系よりも社会科学というか、経済とか商学部と工学部の間ぐらいですね。

渡辺
そうなんです。ところが、僕が学校で最後に勉強したのは情報理論なのです。確率過程とかコルモゴルフ方程式なんていうのをやりました。


そこへ行きましたか(笑)。

渡辺
ええ、そっちのほうへ行っちゃったんですよ。その証明などは難しいものですから、いまではもう何も分からないけれど、数学の証明はすごく面白かった。もう実学のほうはどうでもよくなって、大学院のときはそちらをやることにしたのです。いずれコンピュータをやるだろうなと思いつつ、やっていましたけれどね。


大学院のときの先生が、情報理論の先生なのですね。

渡辺
もともと確率の大家だったのです。確率過程とか統計学の。


情報理論は情報学科の科目に入るので、私も勉強したはずです。

渡辺
そうなんですね。


私は応用物理ですけど、論文は情報学科で書きました。でもいま応用できるものは一つもないですね。物理が分からないということだけは分かりました。でも、今ではけっこう分かるようになりましたよ。自分で分かろうとして分かった世界というのは、自分自身で新たに作り上げたものですから。

渡辺
あのころの情報は、僕らがいま扱っている情報とちょっと違うのでしょうね。当時は数学的な可能性を持ったものが情報、という感じで扱っていましたからね。ですから、大学での勉強は、僕もいま直接には役に立ってないです。ただ、非常にシビアに論理的に詰めなくてはいけないところについては、そのころ勉強したかなという感じですね。もちろん、それにはいい面も悪い面もあるのだけれど。


SEの仕事には、論理と図形を教える高校の数学のほうが、抽象化モデルにつながる気がして、けっこう役に立っているじゃないかなと思ったりします。私は物理専攻ですが、1万5千人から2万人くらい、物理を学ぶ学生がいて、成功するのは10年に2、3人なのですよ。確率が悪すぎるというのが分かってきて、もっとドタバタしているほうに行ったほうがいいんじゃないかと(笑)。私はそういう考えで情報のほうへ行ったのですが、渡辺さんは私とは全く違って、正統派ですね。

渡辺
いえいえ(笑)。でも、そういう感覚はおもしろいな。

友人に誘われて富士フイルムに

渡辺道人さんと林衛


富士写真フイルムを選ばれたのは、何か理由があったのですが。

渡辺
いえ、当時は今みたいに就職をどうするかとか、会社の研究なんてしなかったですよね、のどかなもので。


ええ。

渡辺
わたしの学科は研究室の先生も「ここに行け」とは言わないですから、大学にいろいろと求人が来ているのを見て、「何がいいかな?」と検討するわけです。そのときも「コンピュータをやることになるのだろうな」と思ったのだけど、あまり深く考えなかったですね。ただ企業で目的をもってやったら面白そうだとは思っていました。
富士フイルムは会社のイメージがよかったのと、写真がちょうどすごく伸びていたので、事業として面白いなというのがまずありました。それから僕は大学院卒だから、学部から富士フイルムに先に入社していた同級生がいたのです。今ソフトバンク・テクノロジー株式会社の社長をしている石川というのがいて、「一度会社に遊びに来い」と言うのですよ。行って話を聞いたら、主任部員の方や、少し上の方が、これから作っていくシステムの理想を語ってくれて、何か面白そうだなと。期待してくれるのも嬉しかったし。それで受けたのです。


渡辺さんをお誘いになった当のご本人は、他に住み替えをされてしまった。

渡辺
そう、5、6年は一緒にやったかな。


富士フイルムからソフトバンクに移られて活躍されている方もおられるのですね。ちょっと意外でした。もっと固いイメージがあるので。

渡辺
あいつはちょっと変わってるのです(笑)。口も立つけど、頭もいい。孫さんに口説かれたらしいけど、当時のソフトバンクはソフトの卸で、まさかこんなになるとは。先見の明があった。

学生時代から今に続く趣味とは

渡辺道人さん


学生時代に勉強以外でなさっていたことで、いま役に立っていることはありますか。

渡辺
あまり役に立っていないかな。


役に立たないことでもいいですよ。こういう趣味を持っていたとか。まさか勉強ばかりしていたわけでは(笑)。

渡辺
いや、オーケストラをやっていましたけどね。それが役に立ったかどうかは分からないけれど。


オーケストラでは何を?

渡辺
バイオリンですね。子どものときやっていたので、もうそれしかできなくて。


私も「バイオリンぐらいしかできませんよ!」と言ってみたいです。私が吹けるのはホラぐらいで(笑)。今でもオーケストラはやっていらっしゃるのですか。

渡辺
そうですね、たまに。7、8年ぐらい前まではもうずっとやっていなくて、その後しばらくまた市民オーケストラに入ったのです。ちょっと忙しくなって、それもたまにしか行っていないのだけど。定年になったらまたやりたいなと思っていますね。


そうですか。やっぱり、仕事以外にやることを持っている人はいいですよね。

渡辺
そうですね。楽しいですよね。


だって、仕事以外に何もなかったら、万一仕事がなくなったら終わりじゃないですか。やることはたくさん創っておかないとね。私は仕事が趣味というか、一番好きなことですが、ものすごく忙しくなったので、逆にゴルフの回数が増えているのです。

渡辺
ああ、なるほど(笑)。それはすばらしい。


ときどきちょっと赤い顔したり黒い顔したりします。スポーツは何かされていますか。

渡辺
昔は、テニスをちょっとかじったりとか、会社入ってしばらく合気道やったりした程度です。合気道は素晴らしい経験でした。会社の出勤前に、真っ暗な中、車でいきました。それがなかなか大変で、続かなかったですね(笑)。今思えばもったいない。


私は学生時代、麻雀などで、社会で生き残るため理不尽さを勉強しました。

渡辺
そういうのは、たぶんやったほうが良かったのでしょうね。人の気持ちの動きや決断とか。でも、どうも興味がわかなかった。時間が無駄に思えたし・・・すいません。


麻雀で疎遠になった友だちもいます。だから、ちゃんと一回一回精算しなくちゃいけないとか、身に沁みて勉強になりました。渡辺さんとはだいぶ違う学生時代だったようですが。
渡辺さんは、学生時代に無茶をした経験、例えば思い立って海外に行ってしまったとか、そういうことはないのですか? あるいはちょっと人とは違う経験をしたとか?

渡辺
そういう面白い話はないんですよね(笑)。期待に応えられなくてすみません。


きっと会社に入られてからのほうに、面白いお話があるのでしょう(笑)。

(次回に続く)

構成:萩谷美也子

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