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2008年3月31日

【林衛の業界探求シリーズ(4)】第一回 「人材育成を最大のミッションとして社長に就任」

「ITから遠い男」が社長に

久保浩史さん


今回は、久保社長のITとの関わりからお聞きしたいと思います。私はITが楽しい仕事だと思っていますので、御社の仕事を楽しく成功に導くために、現在社長として、人事戦略上どういうことをお考えになられているのかをお聞きできればと思っています。

久保
私は住友化学に昭和45年に入社しました。最初の20年は人事労務を担当しており、そのうちの半分が工場で、半分が本社勤務でした。その後、グループ会社のお世話をする関連事業部に13年いました。そして、ちょうど5年前に住友化学システムサービス(SSS)の社長になったわけです。


はい。それはIT会社の社長としては、かなり異色のご経歴ですね。

久保
ええ。従って、私が社長になるときの、まわりの反応は「久保って、IT知っているの?」(笑)というものでした。「ITできるの?」というのが、おそらく社内外のおおよその見方だったと思いますね。ざっくばらんに言いますと、私は関連事業部長でしたので、SSSの次の社長は誰にしようかと考えて、人事部にアイディアを出す役割だったのです。考えてはいたのですが、ITの会社なので化学会社から急に社長というのは難しいですよね。「なかなかいないな」と思っていました。


なるほど。

久保
そのときに「待てよ。ひょっとしたら…」


自分を入れていないじゃないか、と(笑)。

久保
あまりにも思い浮かばなかったもので「ひょっとしたら、自分に来るかもしれんな」と思ったのです。そうしたら今の米倉社長から「お前、SSSの社長をやれ」と言われました。「私がですか? 私はIT知りませんよ」と返事をしたのですが、「君、ITは、勉強したらええやないか!」と言われ、結局「経営をやれということであれば、やらざるを得ません」ということになり、初めてITとの接点ができたという状況なのです。そのときに米倉社長から言われたのは、先輩方も人材育成に随分尽力されたのですけれど、もう少し違った角度からの育成を図ってくれないかということでした。「それがSSSなりの活力になるし、従業員の生き甲斐につながってくる経営をしてくれたらいいよ」ということが求められているなと思ったのです。
ただ、それまで全く接点がなかったというわけでもなく、関連事業部では、当然各社の監査役をやるのですが、一時私がSSSの監査役だったのです。そういうご縁はありました。


なるほど。監査的な意味ではITとの関わりというのはありますよね。外からちゃんとできているかどうかを見なければなりませんから。

久保
そうなんです。ITがちゃんとできているかではなくて、経営がうまくいくかどうかの監査ですが。SSSができたばかりのときの、ちょうどSSSの黎明期の3年か4年ぐらい監査役をしていました。ITがどうなっているか全く分からないけれど、自分の経験から、あちこちのグループ会社がみんな苦労しているのは知っていたのです。トラブルがあったり、納期がなかなか守れないことがありまして。


ITに詳しくはなくても、それは目に見えて分かりますね。

久保
5年前の6月末に社長になったのですけど、そのときにメッセージを皆さんに配りました。関連事業部から見た、いくつかの問題点をはっきりと指摘しました。「やはり受け身じゃないか」とか、「コストを意識していないじゃないか」とか。「自分たちは意識しているつもりでも、現実問題として、意識していることになっていない」とか。


どうしても「しようがないから」という理由でずるずるになっていくという傾向が、プロジェクトにはありますからね。

久保
ええ。「そのような問題点はあるにしろ、パワフルな人材がいるようには思いました。それがもっともっとパワフルになり得るんじゃないかなという思いがありますよ」というメッセージを出しました。皆さん、わりとすっと受け取ってくれたかなと思います。


人事や監査ですとITの利用者という意味で、経理システム等に関わるのですが、久保社長も利用者としての関わりはおありだったのではないですか。

久保
いや、それがなかったのです。もちろんITは使いますが、私が直接やることはなかったですね。普通は自分が担当しているなかでコンピュータシステムに触りますが、それも他の人がやってくれていたので、私はITから一番遠い人間だったかもしれません。


そうですか。比較的ITとの関わりは薄かったのですね。でもその代わり、ずっと歩んできた部署は人事労務ですから、対象は人です。人についてはいろいろご苦労もされたでしょうし、そういう視野を広げてからのIT会社の経営ということなのでしょう。

久保
はい、そういうことになりますね。

人事労務・関連業務部の経験がさっそく生きる

林 衛


社長が最初にごらんになったとき、人の面ではどういう印象を受けられましたか? ITは暗いとか3Kだとか、いろいろ世間では言われていますが。

久保
あまり3K的なイメージはなかったですよ。実は就任して最初に、社員全員と会おうと考えました。ただし一人一人で会うと向こうも緊張してしまうので、7~8人ぐらいのグループで会おうということで、従業員と接触を始めました。人事出身だということもあるし、私は幸いにして人の名前を覚えるのが得意でしたので、3ヶ月ぐらいかかりましたが、名前はすぐ覚えました。


それはすばらしいことですよね。いろいろなタイプの社長がいらっしゃいますけど、社長になった瞬間にそれをやり始めるのは、一番よいことではないかと思います。さすがですね。

久保
私にとって有利なところもあったのですよ。SSSには、住友化学からの出向者が当時で100人近くいました。私は若いころに人事労務にいて本社の労務管理をやっていたし、そのあとは関連事業部だったので、出向者のほぼ全員を知っていました。ところが相手は知らないわけです(笑)。何かの時に「ところで○○さん」と言うと、「何で社長は俺のこと知っているんだ?」という反応が、ずいぶんありました。


それは職業柄ですね(笑)。

久保
職業柄です(笑)。いろいろな方を知っているということが一番の強みですね。


私はいろいろな社長とこうやって対談させていただくのですが、人事労務と関連会社の事業をしっかりやられてから、比較的IT色が薄くてIT会社の社長になられた方というのは初めてです。人と組織を見ることについて経験を積まれているので、そこを見込まれて会社を任されたということなのですね。

久保
それしかありませんので、人材育成が私の最大のミッションだと思いました。普通であれば、もっとITに近い人がやったほうがIT会社としてはうまくいくのではないかと思うのですけれども。


私どもはこの1~2年、御社にいろいろお世話になっています。拝見していますと、育成に対する考え方や浸透度といいますか、熱意は、間違いなくお世辞抜きで、非常に強いものを感じます。今回ご経歴をうかがって、なるほどと思いました。
人材育成の成果も、これは社長から見て十分と思われるかどうかは別として、他社との相対論で言えば、相当に出ているのではないかなと思います。

久保
私が社長として来たときに皆さんに言ったのは、「SSSの財産は人しかない。だから人がどうするかによって会社が変わる」ということです。人をより活性化させるのが、何事においても基本と思うし、それしかないのだろうと思っています。そういう意味では、自分の経歴はよかったかなと思います。
たまたま関連事業にいるときに、グループ経営を構築するという仕事にトータルで13年間関わってきましたが、過去の人事労務の経験から、「グループ会社の育成を図るにはグループ会社の人の育成も図る必要がある」と考えました。


当然そうでしょうね。

久保
ええ。だから住友化学といろいろな関連会社の経理、人事、総務、法務などスタッフ部門の人たちにお願いして、現在の問題点、あるいは住友化学が各社のスタッフに対してこういうことを伝えたいということを、一緒になって研修をしたり、意見交換する制度を始めました。一番皆さんがびっくりしたのは、グループの新任取締役研修を始めたことでしたね。


そうですね。取締役がそのような研修をやっている話は、あまり聞いたことがないです。

久保
ただ何もなしに「さあ取締役をやれ」と言っても無理でしょう。3日間コースで、とにかく基礎の基礎をきちんと教えて、あとは自分で考えてやってもらいます。ほんとうは人事部が研修をやるべきじゃないかと思いましたが、「グループ経営の中でやるのだったら、関連会社の担当部門がやれよ」ということになって始めました。そのほか年間で16コースから20コースぐらいの交流会をやっています。


なるほど、そうですか。

久保
結局、社長になってもそれと一緒で、従業員と直接顔を合わせて、「俺はこんなもんや」というのをまず見せることが大事だなと思いました。一番に思ったのは、とにかく従業員に近い、しょっちゅう話せるような社長でありたいということで、一緒に飲んで私を知ってもらい、警戒心なく話せるようにするところからやっていこうと考えました。
ただそのとき難儀だったのは、ちょうどSAPのR3の開発でばたばたしていたのです。


R3は大変だったと思います。

久保
私は私なりに改革をする必要があるとは思っていたのですが、その状況ではできるわけがなくて、1年経ってから改革をスタートしました。


まず現場が落ち着くのを待ったのですね。

改革へ向けて打った2つの布石

久保浩史さん

久保
ただ何も種を蒔かずにおいてはいけないと、二つのことをやりました。
一つは部長研修です。「当社の問題点は何か」という共通認識ができるまで、徹底的に一泊二日で討論しました。それと、社長になったその翌月から、社長からのメッセージ「新川通信」というのを毎月1日に出していまして、これは今も続いています。
最初に書いたのは、「ワンランクアップをしよう」ということでした。「みんながワンランクアップすれば、それが会社のワンランクアップにつながるんだ」と。


実現すれば、すごいパワーアップになりますね。

久保
昨今のITの変化のなかで、われわれが生き残っていくために、今度はこの3年間でツーランクアップしようとしています。教育費もずいぶんかけています。もちろん自己研鑽がベースになるのですけれども、いろいろな研修の場を与えるために相当思い切った投資をしようとしています。
同時に、「馬を水場に連れて行くことはできても馬に水を飲ませることはできない」という言葉がありますよね。会社や親は、従業員とか子どもに対して場を与えることはできますが、そこまでです。社員には「皆さん方がやってくれないと全然成果につながらないんだよ」ということを常に言っています。「会社というのは応援団で、それをどう活用するかは皆さん一人一人次第。一人一人が活用できるかできないかによって成長があったりなかったりして、この会社も先々ずいぶんと変わってくるんじゃないか」と、少し脅しているのです。そんなふうに、毎月いろいろなテーマで、社長のプレゼンテーションをしています。


それは、社長が書かれているのですか。

久保
はい、全部私が書いています。最初に「こういうことをやろうと思う」といったら、「社長、続かないからやめたほうが」(笑)と言われましたが。


逆に、「これは続けてやろう」と火がついたわけですね。

久保
長々と書いてもいけないので、だいたいA4で1.5枚ぐらいの文章を書いています。


話題はどんなことですか。

久保
あまり戦略的なことは書かずに、むしろ日ごろ気がついたことが中心になっています。例えば、みずほ証券が例の誤発注たされたときの翌日に「われわれは果たしてみずほ証券を嗤えるのか」というようなことを書いたり。


ええ。明日はわが身になる可能性もありますから。

久保
そうなんですよね。それから、私がいつも考えていることを、表現を変えて繰り返し書きます。「わが社にとって時間はコストである」ということをいろいろな形で書いたり、あるいは「不確実性のまま仕事をするということがいかに問題か」「それでみんな障害が起こるのではないのか」ということを書きます。
あとは「自問自答の大事さ」ですね。これは私のキャッチフレーズです。「これまでやってきた通りの考え方なり、やり方で、よしとしているのではないのか。そして、それは間違いじゃないか」ということを伝えたいのです。これだけ変化が激しい中、これまで通りの考え方で、よしとするのは楽だけれど、それは通用しないのではないか。そこで一回立ち止まってみて、ほんとうにそれが通用するかしないか、現行を疑ってみることが必要です。よければさらに伸すし、悪ければ変える。日常の業務の中でも自問自答してやっていくことが大事で、それが「結果を考えた仕事の仕方」だといつも言っています。


いや、まさにその通りです。ITの世界では、それを放置して「これでよし」とすることで、今非常に困ったことになっていますから。環境は変わる、性能は変わる、サービスへの要求が変わるのに、そのまま変わらずに「頑張ります」と言っているのです。その前提として、まず、「そのまま頑張っていいのかどうか」を判断しないといけない。

久保
そうなんですよね。


ええ。そういう判断ミスはよく起こりますね。

久保
特に組立産業の場合はものが見えますが、化学産業は基本的に反応なので見えないものを扱っています。ITの世界も、中身は見えなくて画面で判断するしかないですよね。ですから、それでどうなるかを一回そこで自問自答してからやれというようなことを言っています。
事例として出すのは、JRや私鉄の社員が、線路を渡るときに「右よし、左よし」と必ず指差して安全確認をしていますよね。それと違って、われわれは見えない世界で仕事をしているのだから、あれ以上に結果を考えた仕事のやり方を、しかもとことんやらないと駄目だと。でないと問題点を見過ごしたり、あるいは重要な障害が進行しているのに気が付かなかったりというようなことが出てきかねません。今や、ITは企業にとって血液であり神経であるわけだから、これが途切れたら人間であれば死んでしまうわけです。われわれはそのITでユーザーの仕事に関与しているのだから、その思いでしっかりとした対応をしていくべきだし、そのためにはやはり研ぎ澄まされた感覚がいる。それをこれまでと同じような考え方・やり方でよしというのは一番排除すべき姿勢じゃないかと言っているのです。


私は今お話をお聞きして思いましたが、今、ITの会社の経営に欠けている部分は、人に対する認識です。日頃から、私はそれをものすごく感じるわけです。一方で御社の場合は社長が人と組織に明るく、ITの専門家が周りにいくらでもいる。そのシナジーが非常に効いているという気がしますね。
私自身も、会社の理念として、常々「人が中心だ」と言っています。実は誰に聞いてもそれなりの地位の人は同じようなことを言うのですが、本気でそれをやっている組織を捜すと、その時点で10分の1ぐらいになってしまうのです。ですから、経営方針を人のほうから攻めていって作っていくという考えは、社員の方にとっては非常に分かりやすいのではないでしょうか。

久保
そうだと思いますね。ただ、先ほど言ったように、場面は作っても、人によってはなかなか食い付きが悪いこともあるわけです。そういう食い付きの悪い人を、いかに食い付かせてやっていくかを考えています。

(次回に続く)

構成:萩谷美也子

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