プロマネの勘所
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2008年7月18日
【林衛の業界探求シリーズ(6)】第一回 冷静な自己分析と旺盛な好奇心は中高生のころから
「受験は何とかなる」と見切り、マルチに課外活動
林
この対談では、まず渡辺社長の生い立ちをお聞きして、なぜITの仕事をされるようになったのかというきっかけや、そこで何を発見したかというお話を伺います。それから、会社をまとめるお立場に就いてからのことや、将来的なお話に移っていきたいと思います。
渡辺
実はこのお話をいただいたとき、ざっと一回、自分の頭の中で振り返ってみました。普段こういうことはあまり考えないですからね。振り返ってもせいぜい3、4年前くらいまでか、あるいは3、4年先くらいを考えるだけですので、意外に視野が狭くなっているかもしれません。そういう意味ではいい機会でした。
林
私は今回、その振り返りを、中学や高校くらいまで遡ってお聞きしたいと思います。渡辺さんは中学、高校時代はどういうお子さんだったのですか。
渡辺
中学では体操クラブに所属していました。高校でも、半年は体操をやっていました。でも、高校に入ると吊り輪や平行棒など種目が増えて、実力が追いつかないと大変危険です。背骨を折るなどの、大事故につながりかねない。先輩が怪我をしたのを見て、「自分の実力からすると、これ以上やらないほうがいいだろう」と考えて止めました。ですから、中学高校のころの私は、宙返りくらいならできたんです。
林
バク転も?
渡辺
ええ、バク転もできましたよ(笑)。
林
中学高校では、バク転ができるだけで尊敬されますよね。
渡辺
そうですね(笑)。私は会社に入ってから合気道をやりましたが、私のスポーツにおける志向性は、どうやら球技ではないようです。体操、合気道のラインですね。
林
球技ではないということは、ゴルフ系ではないということですか?
渡辺
いや、ゴルフは球技と体操→合気道ラインのちょうど中間です。いわゆるバスケットや野球とゴルフは違います。ゴルフは、自分のスキルを磨けばなんとかなるところがありますので、チームプレイ型の球技とは異なるのです。私は体操、合気道、それに多少山登りをやりましたので、あまりチームプレイ向きではないのかもしれないです。文化系のクラブでは結構チームで活動しましたが。
林
勉強のほうはどうでしたか。優等生タイプ、浮き沈みの激しいタイプ、突然伸びるタイプと、いろいろなバリエーションがありますよね。
渡辺
中1のときはけっこう勉強して、「ああ、勉強すればできる」と分かりましたから(笑)、2年、3年はクラブ活動や、生徒会長を主にやっていました。選挙ではどうやら、非常に元気な女子が最も得票して、僕は2番目だったらしいのですが、職員会で「安全パイで渡辺にしておこうか」(笑)というようなことで、僕になったらしいです。
生徒会のほうは、チームで活動していました。そういった活動と、クラブ活動が中心でしたね。中学3年のときは夏休みでクラブ活動が終わってしまうので、時間を持て余してしまいまして、ブラスバンド部に友達がいたので、そこからブラスバンドを半年ぐらいやっていました。
林
そうですか。ちなみに楽器は何をやられていたのですか。
渡辺
ホルンです。最後は、行進のときの指揮もやらせてもらいました。
林
やはり指揮や、生徒会長など、リーダーシップを発揮されたのですね。
渡辺
結果的にはそうですね。そのころ何を考えていたかは、もう記憶にないのですが、受験ギリギリまでブラスバンドをやっていました。
林
積極性に何でもやるタイプで、ガリ勉型ではないですね。いろいろ挑戦してみたいほうだったのでしょう。
渡辺
そうですね。本もけっこう読みました。
林
フィクション、ノンフィクションのどちらが好きでしたか。
渡辺
両方ですね。
林
私は作り話が全然駄目で、科学系の雑誌など、「とにかく事実がすごい」というのが好きでした。一日中図鑑を見ていたりしましたが、渡辺さんはバランスが取れていますね。
渡辺
当時は「普通にやれば受験勉強ぐらいなんとかなる」という感じで、もうちょっとマルチに時間を使った方がいいと思っていたのでしょうね、きっと。
高校に進学し、体育系から文化系へ転身
林
高校に進学してからは、何か変化がありましたか。
渡辺
体操クラブを止めて、そこからは新聞クラブに入部しました。体操がもう無理だと思ったので文化系に転じたのです。サッカーにも興味はあったのですが、「これから始めたのではスキルが十分身に付かないし、活躍できないだろう」と思いとどまりました。たまたま友だちが新聞クラブにいたってこともあって、面白そうかなと。
林
私が見ている限りでは、新聞部にいた人は、クラブ活動を気まぐれに選んだのではなく、なにかこだわりがある人が多いと感じているのですが。
渡辺
そうですね。当時は、新聞クラブのメンバーは感覚がみな左系でしたが、私は最初から保守反動でした(笑)。なぜかわからないのですが、「そんなこと言っていたって、非常に表面的じゃないか」と感じていました。
林
新聞クラブではどういった活動をされていたのですか。
渡辺
取材をして記事を書いて。それから、各高校の新聞が集まって横同士の交流もしていました。
それと平行して、学校と関係なく、社会人がやっているESSで英語を始めました。「暇な時間がもったいないから、少しやっておこうか」と思ったのです。その後、大学で本格的にESS活動をやりました。
林
高校になると、活動がさらに多彩ですね。
渡辺
知的好奇心があったということでしょうね。英語をやったり、本を読んだり、そんなに真面目に考えていたわけではなくて、面白いからやっていたというところがありました。
林
それを選択し実行できるのは、やはり渡辺さんの資質です。
渡辺
英語を話すために、外国人を探してキリスト教の牧師の家に、友だちと一緒に行って、ちょっと賛美歌を歌ってみたりしました。やはりお付き合いというものがありますからね(笑)。彼らはただで英語を教えてくれる代わりに、布教活動をして、クリスマスのときはみんなで賛美歌を歌うわけです。不謹慎かもしれないですが、これはこれで面白かったです。
林
キリスト教の信者だったというわけではないのですね。
渡辺
ええ、そうですね。英語を練習するには、外人と話をしないとうまくならないだろうと思ったのです。ただ、牧師の娘さんに、今でも記憶に残っているくらい可愛い子がいて、そういうインセンティブも少しだけありました(笑)。
林
「これから英語を使って何かやりたい」ということではなかったのですか。
渡辺
グローバルというのは、どこかで視野には入っていたと思います。
林
明確なものではなくて、なんとなくだったのですね。
渡辺
そうですね。
経済学部でのよき師との出会い
林
渡辺さんは理系ではなくて、文系の経済学部出身であられます。私の大学の先輩です。
渡辺
学部は違いますが、そういうことになりますね。
林
経済を目指されたのは、何かきっかけがおありですか。
渡辺
消去法ですね。高校の後半では、理科系的な、数学などの科目にちょっと興味が薄れてきましたし、文学部に行くつもりはなかったですし。
経済学部といっても、実際は経営学なのですよ。経済学部経営学科です。
ゼミは小川英次先生のゼミでした。この先生はもともと工学の出身なのです。工学部から経済学部に転身されて、公認会計士の資格も持っていました。私がゼミに入ったときには、小川先生がアメリカの大学に勉強も兼ねて行かれて、ちょうど戻って来られたときでした。知的にも人間的にも、非常に幅の広い先生です。
林
モチベーションの高い時期に、その先生の薫陶を受けたのですね。
渡辺
そうです。生産管理とかマーケティング、経営全般をやっていました。
林
もしかしたら、ドラッカーも読んでいたかもしれないですね。
渡辺
ええ。X理論とY理論という人事の理論や、経営戦略論ですと、アンゾフなどを読んでいましたから、その関係で、おそらくドラッカーも読んでいたと思います。ただ、今振り返ってみると、経営は学生にはほとんど分からないですよね。「何か当たり前のことを言っているな」という感じで。
林
そうですね。学生には実社会でのビジネスの実感がないですから。でも、小川英次先生のゼミは面白かったのですね。
渡辺
小川先生は、トヨタの研究もかなりやられていて、生産計画で日経・経済図書文化賞を受賞されていましたし、最近まで中京大学の学長をやられていました。マネジメントも実践されていたのです。今年は小川先生の喜寿のお祝いで、ゼミの「せせらぎ会」で集まりを持つ予定です。小川だから「せせらぎ会」(笑)。私はアメリカに行っている間は参加出来なかったのですが、ゼミ仲間でそういう勉強会をまだしているのです。
林
それはすばらしいですね。喜寿ということは、77歳ですか。
渡辺
ええ。人格的にも、本当に尊敬できる先生です。
林
まだ全然実感はないながらも、その先生の下で楽しく勉強なさっていたのですね。
渡辺
そうですね。経営や人事、組織論、戦略論、マーケティングなどをやっていました。当時、マーケティングという言葉は、まだ出始めだったと思います。
林
消去法で経済学部を選ばれたわけですが、その中での出会いはなかなか良かったといえそうですね。
渡辺
そうですね。
林
早くから英語をやられていますが、大学時代に海外には行かれなかったのですか。
渡辺
当時はそういうチャンスがなかったですね。貧乏学生だったというのもあるし、今の学生のように、春休みに海外に行くという時代でもなかったですから。
林
アルバイトはされていたのですか。
渡辺
家庭教師はやっていました。
林
渡辺さんのお話を聞いていると、ベースとしては典型的な優等生タイプで、いろいろなことに興味を持ってチャレンジされている感じがします。でも、それに加えて、ちょっと他の人にはない、変わったところがあるという感じがしますね。
フットワークが軽いというか、すぐ「やってみよう」と、実行に移していらっしゃる。
渡辺
それはあるかもしれないですね。
林
そこが素晴らしいです。
渡辺
勉強も面白いと思っていたのですが、それ以外のことにもいろいろと好奇心があったのだと思います。
(次回に続く)
構成:萩谷美也子
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