プロジェクトマネジメント、プロジェクト管理におけるポータルサイト

HOME > プロマネの勘所 > 【林衛の業界探求シリーズ(6)】第二回 学生時代夢中になったディベートが、プロジェクトマネジメントの訓練にも

2008年8月 1日

【林衛の業界探求シリーズ(6)】第二回 学生時代夢中になったディベートが、プロジェクトマネジメントの訓練にも

大学のESSサークルでディベートに熱中

渡辺様


大学時代で一番印象的だったことは、なんでしたか。

渡辺
大学ではESSサークルに所属していました。その中でもドラマ(劇)、スピーチとディベートに分かれます。私はディベートをやっていました。英語だけではなくて、その場のロジックとか、どういう発想をしていくかが必要なので、非常に面白かったですね。


そこは何か太い流れがありそうな気がします。高校の新聞部の流れでしょうか。つながっていますよ。

渡辺
ええ、その流れですね。先ほども言いましたが、今にして思うと、「表面的に見えていることは、本質ではないのではないか」というのが、ずっと感覚としてあったからかもしれません。
ディベートは最初から賛成意見と反対意見と両方を準備しておきます。そして、じゃんけんか何かで、どちらの立場をとるかを決めます。「はい、今度はこっちのロジックね」と、ころっと変わってしまうわけです。ですから、自分の頭の中でも、常に賛成意見と反対意見でディベートをやっています。


それは現在でも、役に立っていらっしゃるでしょう。

渡辺
そう思います。英語とディベートは仕事の役に立っていますね。
どういう課題であっても、根本的にはディベートと同じです。見方が違うと、賛成と反対の二つのロジックに分かれますが、あとは重み付けです。一方を重くすると、そちらが勝つ。しかし、少なくとも、明らかに論理が成り立っていない意見は、全部潰れてきます。


それはもう、どんどん潰れます(笑)。

渡辺
そうすると、「結局のところは、ここを重視している。だからこちらの意見になるのだ」ということもわかります。「なるほど、こういうことを諦めてこっちを重視したのだな」ということが見えてきます。


そこそこ中身のある提案であれば、最終的にやるかやらないかの、100対0になりますからね。

渡辺
今考えてみると、そういうことですね。
特に、交換留学のプログラムで1年間留学していた、工学部の優秀な学生が一人帰ってきて、私のチームに入ったときは白熱しました。英語とロジックの勉強になりましたね。合宿して、みんなで遅くまでやっていました。


合宿もしていたのですね。大学生は体力がありますから、徹夜で議論したりと、徹底してやったのでしょうね。

ディベートは、極めてプロジェクト的である

林 衛

渡辺
そうやって、自分の立場でのロジックについてのエビデンスを集めます。「じゃあ、このエビデンスに対しては、こっちのカウントエビデンスがあるだろう」と、両面から検討します。みんな、いろいろな雑誌などから資料を持ち寄って、切り貼りして、「ここをこれに使おう」とか、「相手チームはきっとこれを使ってくるから、じゃあ、これを消そう」とか、そういった感じのことをやっていました。そういう意味では、プロジェクト的ですよね。


非常にプロジェクト的ですね。そのときは意識をされていなかったでしょうが、プロジェクトマネジメントにかなりストレートに役に立ったと思います。今、まさにマネジメントしようとすると、そういうことが重要です。

渡辺
最近、社内で経済産業省の「社会人基礎力」について議論をしましたが、やはりプロジェクトベースでいろいろなことをやらないと身に付かないですよね。個人的に勉強しても無理でしょう。
そのこともあって、「ディベートはプロジェクトかな」という感じがします。
やはり結果的には、考え抜く力が上手く身についたかもしれませんが、当時は勉強しているつもりはありませんでした。ディベートは一種の遊びですから。ゲームをしている感覚でした。


そこがよかったのですよ。プロジェクトもそうですが、自分で一から十まで完璧に準備しようとしても無理です。みんなでいろいろなことを検討し合って、そりを合せていくわけですから、「頑張る」という発想自体が、もう間違っています。

渡辺
その通りですね。

全国大会での、予想外の敗退

渡辺様

渡辺
私たちのディベート・メンバには、ひとつ年上のリーダーがいて、名古屋の大会では優勝しましたし、西日本大会といって、大阪と九州を入れたエリアでも一回優勝しています。ですが、全国大会では、優勝できませんでした。優勝チームを相手にした対戦では内容では勝ったと思っていました。 しかし、最初の有力審査員のコメントが、他の審査員の判定に影響して、相手に票が行ってしまったようです。
後で最初のコメントをした人に聞いたら、「名古屋大学が明らかに勝っているのはみんな分かっているだろう。そこで敢えて言うなら、こういうところに気を付けたほうがいいよ」という意味のコメントだったのだそうです。でも、他の審査員は、そういうふうに取らなかったということでした。


ちょっと意地が悪いですよね。

渡辺
私たちも「自分たちのほうが勝っている」という気はしていたのですが、「まあ、仕方がないかな」と思って、ことを荒立てませんでした。でも、記憶としてはけっこう強烈に残っていますね。


柔道の篠原信一選手が判定負けしたときみたいですね。

渡辺
結果はともかく、プロセスとしては、「だいたい日本のディベートのレベルはこのあたりだから、このくらいの力があれば全国優勝できる」いうのは、そのときわかりましたね。

青春映画のようだった夏のキャンプ

渡辺様


ディベートの大会に出られたということは、大変よい経験をされていると思います。不満な結果が残ったというのも含めて。世間の理不尽を早くに体験されたわけですから。

渡辺
そうですね。本当に面白かったです。ですから、当時のESSが最も印象に残っていますね。
ゲームとしては、隣の南山大学とか、あるいは大阪や神戸の大学の刺激もありました。大会にはそれなりの実力ある人たちが来ているので、「どうすればわれわれの強みを出せるか」とか、「ここで絶対崩れないロジックは何かあるだろうか」とか、いろいろ考えました。


お聞きすればするほど、ディベートは面白いですね。

渡辺
例えば、当時のテーマとして「核拡散」がありました。そのとき「小さい核」をどう扱うかで論議が分かれるので、「そういうところのエビデンスをまず集めるといいな」と考えて集めました。それは、ほかのチームから真似されましたね。後半にいくつか段階があるので、そこでわれわれのロジックを使われてしまいました。ですから情報管理も重要なのです。


それも今のITの世界に似ています。

渡辺
そう。普段はあまり思い出さないことですが、どこかでそのときの経験が効いているような気がします。


このお話は初めてお聞きました。まさにマネジメントの訓練になりますね。

渡辺
結果的には、そうですね。


そして今のお話で、名古屋大学の優秀な学生が、私と違ってちゃんとしていたのがわかりました(笑)。

渡辺
普段の生活は、いい加減でしたよ。麻雀をやったり、酒を飲んだり、午前中いっぱい寝ていたりとか(笑)。生活自体は普通の学生と同じでした。バイトもけっこうやりましたよ。
バイトでお金を貯めて、山にも登りました。そのディベートのリーダーは登山もしていましたので、一緒に連れて行ってもらいました。大学4年の夏は2週間位の北海道旅行のあと家に帰らずに、南アルプスの登山のスケジュールに直接ジョインして、一緒に南アルプスの北岳に登りました。


そのほか、印象に残っていることはありますか?

渡辺
実は、名古屋大学のESSは某女子大学のESSと、伝統的に夏の合同キャンプがあったんです。


ほう。非常に戦略的ですね(笑)。

渡辺
キャンプファイアーやピクニックは楽しかったですね。たしかバンガローで雑魚寝していたと思うのですが、健全でしたね。今にして思うと。


そういう青春映画のような経験は、私たちにはかなりありますよね。

渡辺
私が大学生のころは、そういったキャンプは八ヶ岳周辺でやるのが普通でしたね。僕らも野尻湖とか、松原湖とかに行きました。八ヶ岳だから、立原道造的世界ですよね。信州の夏ですから。自然の中で、しかも透明感のある光に溢れる夏で、非常に輝かしい思い出です。いまの人たちに、その雰囲気がうまく伝わるかどうか分かりませんが。


今は時代が変わって来ているから、だいぶ違うかもしれませんね。

渡辺
たぶん「信州の夏」という感じではないのでしょうね。


そういうことを通して、将来ずっとお付き合いが始まるという人もいるわけですが、渡辺さんにはそういうことはなかったのですか。ほのかなロマンスとか。
ちょっと突っ込んでお聞きしてしまいますが(笑)。

渡辺
それは残念ながら、ありませんでした(笑)。


面白いゼミがあり、ESSがあり、バイトもして山に登り、充実した学生生活だったのですね。

(次回に続く)

構成:萩谷美也子

| トラックバック[0件]

トラックバック

このページのトラックバックURL:
http://www.promane.jp/blog_manager/mt-tb.cgi/589

↑ このページの先頭へ