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2008年9月 2日

【林衛の業界探求シリーズ(6)】第四回 IT企画から、徐々に経営的な仕事へと移行

ヤマハ(株)に出向し方法論を導入

渡辺 卓哉様


そのときから、ヤマハのIT部門に出向されたのですね。

渡辺
ええ、そうです。DOAの仕事も途中ではありましたが、1年半出向することになりました。親会社でもあり、楽器では世界NO1の会社ですから、視野が拡がると思いました。


私が外から見るかぎりでも、ヤマハ発動機とヤマハというのは全然違う会社です。ヤマハには、中小規模の事業がたくさんありますから、IT部門がどのように事業支援をしていくのか、そして予算が限られる中でどこまでやるのか、マネジメントが難しい部分があると思います。

渡辺
確かに、難しいところはありますね。
私が出向したときは、同じヤマハ・ブランドなのだから中堅社員を交換しようということになったのです。そのときヤマハからこちらに来た方は、まさにデータ中心の部品番号のタスクをキックオフしたところで、彼がそれを引き継いでくれていたのです。


それは、先ほどおっしゃった部品表のタスクですか。

渡辺
もっと原点寄りで、部品番号そのものをどうするかということでした。拡張性はあるか、商品をグローバル展開したけれども大丈夫かという、一番基本的なところです。それに1年ぐらいかけて、「なんとかいけそうだ」というところで止まりましたが、さすがによいレポートが出ましたね。まずはリソースさえやっておけばなんとかなるだろうということで、そこでTさんのところとの仕事はいったん終了したのです。


ええ、そこを最低限やっておくべきですね。

渡辺
本当はDOA人材をもっと育てる必要があるのですが、他にもいろいろプライオリティがありましたから、そこまではできませんでした。
もう一つ、私が当時、プライオリティが高いと思っていたのは、やはり上流の要件定義のところです。これをきちんとやらないといけないという認識はありました。どこかで取り組もうと思っていたのです。ただヤマハ発動機にはアンダーセンのMETHOD/1がありました。上流の部分は補強しないといけないけれど、最低限のバックボーンはあるわけです。
一方、ヤマハにはそういう方法論がなかったので、「それじゃあ、まずはこっちでやってみようか」ということで、MIND-SA導入と、あわせてコンサルタントプロジェクトをやってみることにしました。「スポーツ事業部とセットでやりましょうか」ということで、1年半後に最後のアウトプットとして、キックオフして帰って来ました。要するに体制をつくって、MIND-SAを実践プロジェクトとして導入したわけです。
当時、出向して半年くらいは様子を見ていました。それで、ヤマハ発動機の良いところと悪いところ、ヤマハの良いところと悪いところは、やはり違うのだと分かりました。ヤマハにとって何をやるとよいのか考えると、MIND-SAだろうと思ったのです。その後、ヤマハ発動機に戻って来てまた導入したので、2社での導入に関わったわけです


なるほど。

優秀なコンサルタントとのタッグ

渡辺 卓哉様

渡辺
ヤマハ発動機では一通り全員に研修を実施しました。でも私の仮説はちょっとずれていましたね。やはり人を選ばないといけない、ということが分かりました。


上流の場合、やはり資質の問題があります。データのほうは、やり方を決めれば普通の人でもデータ基盤を作れるのです。でも上流は、手法だけでは結果が出ません。どうしても、見抜く力というか、問題意識がない人は難しいです。

渡辺
その通りです。


そういった部分は、プロジェクトの中にはたくさんありますよ。

渡辺
もうちょっとできるかと思ったのですが、研修しても「2割できればいいかな」というレベルです。実際には、2割もできないですね。残念ながら。


2割できたら優秀な会社ですよ。私も要件のことでいろいろな人と話しますが、問題は「聞く能力」ですね。相手が言っていることを、きちんと聞けていないのです。自分の仮説で固まって、人の話が聞けなくて、単なる説得になってしまっている。冷静に「お客様は何が欲しいのか」を聞けていない人が多い気がします。
もうひとつは、抽象化能力です。

渡辺
そうですね。仮説あるいは抽象化能力ですね。


例え話ができない人は、抽象化能力が低いと思います。そのあたりが上流をやるときに関係しているのではないでしょうか。

渡辺
そうですね。


ですから、上流に関しては、もっとよいやり方があるかもしれないとは思っているのです。まだ模索中ですが。

渡辺
そういう意味では連関図も、因果関係を言っているように見えて因果関係だけではないですね。MIND-SAのファウンダーのUさんに一度「連関図は因果関係だけではなくて、単に分解していることもありますね」と言ったことがあります。先日たまたま会う機会がありましたが、そのときUさんは、「あのとき渡辺さんに言われて『あ、そうだな』と思って、そのあとはそういう言い方をするようにしました」と言っていました。僕は、方法論そのものの質や応用の仕方に興味がありますね。


いや、Uさんにそういう気づきを与える人はなかなかいませんよ。同じコンサルタント同士だと、「いや、そうじゃなくて、こういう使い方でいいんだ」と説得にかかるから(笑)。

渡辺
講師をお願いするなら、Uさん、そしてSさんだと思っていました。Sさんもその関係で、「研修だけじゃなくてコンサルテーションもやってよ」ということで、こちらに帰って来てから、少しだけですが一緒に要件定義の仕事をしたことがあります。


Sさんががんで亡くなられたのは本当に残念でしたね。私は末期のころに一緒に仕事をしていました。「リスクマネジメントを教えるから、一緒に行ってくれ」ということで。

渡辺
Sさんは、インストラクターとして、分かりやすく伝えるのが非常に上手かったですね。コーチングはケーススタディだから、また別の能力がいります。レッスンプロ的と言うのでしょうか。三日間の研修を、退屈させずにあれだけ引っ張っていける人は、なかなかいないですよ。本当に残念でした。


でも、そのような優れた人たちと一緒に、仕事がやれたのは素晴らしいです。その周辺にはまだいろいろ課題があるのでしょうが、とにかく具現化して広めたというのはすごいですよ。

渡辺
そうですね。それはIT企画本来の仕事です。私には「何かやるときにはハウツーとバランス取ってやらないといけない」という感覚がありました。ハウツーのところは方法論とかアーキテクチャで、あとのところはだいたい要件定義です。その両方ですね。


要件定義に必要なのはセンスであったり、意識であったりしますが、それもある程度は何か打つ手はあるのではないでしょうか。

渡辺
そうですね。わが社は伝統的に社外の力を活用する会社なので、「それができる人材はどこにいるのかな」「この答えを持っている人はどっかいるはずだ」と探すのも仕事です。そういう意味では、それぞれのプロジェクトで、当時日本で最適なリソースを仕事に投入できたかなと思いますね。


でも、肝心のところは全部ご自分たちでやられますよね。

渡辺
そうですね。


私がずっとお付き合いしてみて分かったことは、そこがやはり企業体質なのだと思います。「ここは自分たちで考えなくてはいけない」「ここは自分たちで決めなくてはいけない」というところは、ちゃんとやられているので、素晴らしいと思います。いろいろな会社を見ていますが、なかなかできていないですよ。

渡辺
こちらが先方の都合よく活用されてしまったり、使われてしまうとまずいですから(笑)。人を活用するのも一つのコア能力かと思います。

仕事内容に経営的な視点が加わる

渡辺 卓哉様


その後にアメリカに行かれたのですか。

渡辺
いえ。その次には、役員が入っている全社のシステム委員会で事務局をやっていました。もう一回全社の計画やプロジェクトの方向性を確認するとか、本当に企画的なところの仕事です。


それはIT企画のお仕事ですか。

渡辺
そうです。IT企画で、後半は経営企画兼任の時期もありました。連結会計はどうするかとかいうことがあると、両面で見ないといけませんから。


そうですね、両面ですね。具現化する手段との両方を分かっていないといけないでしょう。

渡辺
後半のところではサプライチェーンもやりました。ある部分、経営企画と共同しながらの仕事という感じでした。もちろんIT的な立場ですが、そういう背景があるので、ある程度ITを離れた議論もできたと思います。
それに追加しますと、ヤマハ発動機の社内でビジネススクールをやっていたのです。戦略やマーケティングも1年のコースがあって、勉強とケーススタディをします。それを、たまたま私の場合は丸2年やりました。1年が終わったところで、過去の受講者の選抜組でもう1年ということになりました。
それはまさに大学のゼミでやってきたことでしたし、一応ドラッカーや大前さんの著書を読んで勉強してきてはいましたが、その2年間本格的に勉強したことが、アメリカのときにやはり効いていますね。

アメリカの販売会社のナンバー2に

渡辺 卓哉様


そのアメリカ駐在は、渡辺さんにとって初めての海外勤務で、長期だったのですね。

渡辺
ええ、そうです。


行かれたのは、おいくつのときですか。

渡辺
情報システム部門の責任者を1年経験した後で、40代も終わりのころでした。


アメリカの販売会社では、どういうポジションで、どういう仕事をされていたのですか。

渡辺
一言で言うと、ナンバー2です。社長がいて、その次のポジションですね。


社長は現地の人ですか。

渡辺
いや、日本人です。


日本人のトップがいてのナンバー2ですか。そうしたら、ほとんど全部をやるということになりますね。

渡辺
まあそうです。営業以外全部やる感じですね。バックオフィス的なところからは営業も多少見ますし。


ええ。そこから非常に経営的なお仕事になるわけですね。

渡辺
そうですね。


そのアメリカの会社は、アメリカ全体を統括する大きな会社なのですか。

渡辺
米州本部全体では、会社組織は違いますが、アトランタに工場がありましたから、連結売上では3500億円ぐらいでした。


それは大きい。

渡辺
結構なオペレーションですよ。


従業員もたくさんいたのですか。

渡辺
販売会社はディーラー中心で卸をやっているので、従業員は800人位で、駐在員は30人ぐらいいましたね。工場はまた別ですが。


ええ。それくらいの人数で売らないと(笑)。
アメリカ駐在は、渡辺さんご自身の希望でもあったのですか。

渡辺
そうですが、それは若い頃の話で、IT企画がおもしろくなってからは、特に希望をだしていたわけではなく、駐在の話があった時には驚きました。
入社当時は、やはり英語をやっていましたから、どこかでは海外に行きたいと思っていました。
配属の希望としては、海外の営業ではなくて総務系でしたね。営業はあまり自分には合わないと思っていたのです。


いや、それは分からないですよ(笑)。

渡辺
それはそうですが、売り買いというのがあまり得意ではなくて(笑)。


「今までの積み重ねからいくと、やはり総務系」というところでしょうか。

渡辺
そうですね。希望としては、「スタッフ的なところで、最終的には海外拠点のナンバー2くらいをやれるといいな」と思っていたのです。
販売会社では、社長は営業ができないといけませんから、営業でがんがん売ってきた人がなります。


いや、たいていの会社はそうですよ。

渡辺
私はそういうタイプではないので、「経営的な意味でいくと、海外拠点のナンバー2がキャリアとしてはいいな」と(笑)。


まさに望んでいた通りのポジションですね(笑)。

渡辺
そうなりましたね。偶然か必然か分からないですけれど。


夢のような人生ですね(笑)。

渡辺
そう言われてみれば・・・(笑)。


何か苦しかった記憶というのはありますか。

渡辺
やはり個々には、苦しいことはありますよ。


乗り越えてしまったので苦しくなかったのかもしれませんが、何か苦労したお話を聞かせてください。

渡辺
やはり、どのプロジェクトも不確実な面をもっていて、リスク要因も様々ですので、いつもバランスをとって綱渡りをしている気分です。経験上、目的・狙い・仮説が固まっていると、方向性はあまりぶれないので、状況を見ながら柔軟に乗り切れるのだと思います。

(次回に続く)

構成:萩谷美也子

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